P.A.Press
2012.12.1

第5回 安田 猛 アニメーション制作会社の選択肢

安田 猛

株式会社KADOKAWAの常務取締役として実写、アニメ、ゲームなど映像系コンテンツを統括。また株式会社プロダクション・エースの代表取締役会長、株式会社ドコモ・アニメストア代表取締役社長のほか、株式会社角川大映スタジオ取締役、株式会社キャラアニ取締役、角川メディアハウス株式会社取締役、グロービジョン株式会社取締役などを兼任。(インタビー当時)現在、株式会社ブシロードメディア代表取締役社長。

P.A.WORKS制作作品では『Another』(2012年)で企画、プロデューサー、『RDG レッドデータガール』(2013年)で企画、エグゼクティブ・プロデューサーを務める。

プロローグ

堀川:2003年頃、神山健治監督、アニメーターの井上俊之さん、Production I.Gの石川光久社長にインタビューをして、当時のP.A.WORKSのビジョンを考える参考にさせてもらったことがあるんです。アニメーション業界で頑張っている人の刺激になればと思い、それをウチの公式HPの【アニメランナー】というコーナーで公開しました。今でも時々読み返すんですね。あれを記録しておいてよかったと思います。
あれから10年経って、今度は現場をどう作っていくかというビジョンから、P.A.WORKSがアニメーションの制作会社、企業として今後どこを目指すべきかを考える時期だと思いまして、今年は何名かの方にインタビューをお願いして、今後の参考にさせて頂こうと思いました。
それで、東京では分刻みのスケジュールでとてもお忙しい安田さんが富山本社に来社されたこの時がチャンスとばかりにインタビューをお願いした訳です。受けて頂いてありがとうございました。僕だけじゃなく、角川の安田さんの話は、アニメーション業界の経営者はみんな聞きたいと思いますから。

安田:本当ですか?

堀川:(笑)ほんとうです。

自律的なアニメーション制作会社のあり方を探る

堀川:少し前にアニメーターの自律を考える上で、新人原画マンを対象に簡単なアンケートをしたことがありまして、今日は自律的な制作会社を考えるために、そのアンケートの質問を制作会社に置き換えて考えてみました。
①この60年の商業アニメーションの歴史で、制作会社のスタイルはどのように変わってきたか。アニメーションの制作会社が今後目指す選択肢にはどんなものがあるか。
②制作会社とクリエーターは、どんなことに充足感を得ているか。
③制作会社が目標とする実在の企業モデルにはどのようなものがあるか。
④脆弱な経営基盤をしっかりとしたものにするために、将来的にクライアントとどのような依存関係を意識するべきか。クライアント、アニメーションファンにとって、制作会社がブランド力を持つような付加価値とは何か?

新人の原画マンへのアンケートから見えてきたこの業界の問題は、僕ら40代以上の仕事のスタイルが若い世代のアニメーターにとって、将来の目標たりえていないということだったんですね。彼らにとってロールモデルになるようなキャリアパスを築けなかった僕らの世代が省みて、この60年の商業アニメーション業界の流れの中で、アニメーターはどんな選択をしてきたのか、これから若い世代はどんな選択を模索するのかを考えてみたいと思ったんですね。同じように、このアニメーターへのアンケートを制作会社に置き換えてみたときに、今後どんな制作会社を目指すべきか、どういう戦略を選択していくかを考える段階だと思いました。というのも、これからアニメーションの制作会社を起業する世代から見たときに、10年以上続けている制作会社が若い制作会社のモデル足り得るか―作ることで一杯いっぱいで、いつまでも脆弱な経営基盤の自転車操業状態なんじゃなくて、自律的なアニメーション制作会社のあり方を探ることを意識しなきゃいけないんではないかと思うようになりました。じゃあ今、制作会社の選択肢にはどんなものがあるかを考えたいんです。

まず、制作委託費がアニメーションの制作会社の売上の大部分と考えるなら、アニメーション制作では制作期間がコストに直結するので、TVシリーズを中心とした、短期間で品質を落とさずに量産できるシステムを目指すか。ただ、そのシステムといっても基本的には労働集約型なので、デジタル化による生産性向上の恩恵を受けられなかった作画工程では、アニメーターを増員した短期人海戦術が主流か、途中の工程を省いて凌ぐのが現状なんですね。これではクリエーターの達成感や拘りは満足させられず、この方法を長期間続けるとモチベーションを保つのが難しくなってきます。

もう一つは、量産はできないけれども定期的に高い予算の劇場作品を、高いクオリティーで制作できるプロダクションを目指すか。劇場単発作品にはブランド力も必要です。近年感じているのは、TVシリーズの品質がデジタル技術の向上―特に撮影と背景―によって底上げされて、TVシリーズ作品と劇場作品との品質の差が縮まっていること。第一に求められているのはストーリーであって、高品質な映像制作の予算と興行収入の関係は更に薄くなっている。そのことが劇場作品の制作予算に影響しています。悪く言えば劇場作品の予算が下がっている。良く言えば、出資者のリクープラインが下がることで今後劇場作品が増えるだろうなと思います。

僕の理想はというと、基本的には毎週放映されるTVシリーズを活気ある現場で制作しながら、視聴者の反響と近いスタジオでありたいんです。でも、クリエーターの『やりがい』を消費し続けるような人海戦術的な作り方ではない量産システムを作ることと、大作ではなくてもプログラムピクチャー的な劇場作品を定期的に発表できるような制作力とブランド力を兼ね備えた制作会社なんですよね。このイイとこ取りのような目標を、今のような作品制作委託費が売上の大部分を占める制作会社が目指せるかというとちょっと疑問なんですよね。

制作会社の職業構造から見た未来像

安田:なるほど。話は少しずれますが、先ずアニメーターについて定年制ってどうなっているのですか?作画スタジオには定年があるのだろうかという疑問です。アニメーターはある種の職人さんじゃないですか。一方ではクリエーターとも言われている、そういう人たちの現役の期間は平均どれくらいなのか。そして、明らかに個人別のランクみたいなものが存在しているのだろうか?これは制作会社がいって良いネタなのか悪いのかは別にしてね。

堀川:全然問題ありません。

安田:スーパーアニメーターがいれば当然、新人もいるわけですし、社員アニメーターがいればフリーランスのアニメーターもいる、作画の流行り廃りみたいなものがある中で大きな基準みたいなものがあるのでしょうか?                           

アニメスタジオは基本的に何か工業製品、例えばお皿とか調理器具を作る業種ではなく、アパレルのブランドとかレストラン産業とか個性を求められるジャンルのビジネスに属していると思います。アニメスタジオが作るものには個性が求められるのだということが、アニメ産業としてはっきり語られていない。じゃあどういう職業だということを一般の企業同様に分析し発表した方がいいと思います。周りの産業、テレビ、映画、パッケージ、ライツ、グッズ、海外販売、映像配信などのデータは出ていますが、アニメ制作会社自体のデータや構造がほとんど出ていない。

100年200年続いている企業と照らし合わせながら、事業および企業のモデルケースを出すべきだと思います。社員アニメーターをかかえている制作会社と、ほとんどフリーランスのアニメーターに委託している制作会社では、その企業構造は明らかに違いますから。40代になったら多くのアニメーターが職を失うのか、会社の中でも別の業務、例えば演出とか監督に変わるのか?そういう業種としてのリサイクルや未来像が提案されるべきだと思います。

堀川:データではなくても周りを見れば実感しているところはあります。例えばアニメーターを定年制にして、50代とか60代にするなら、そこまで第一線で描き続けられる人は圧倒的に少ないだろうなと思います。僕には他の業種の知識が無いのですが、先ほどの社員制かフリーランスかの考え方もいくつかの視点があって、僕は例外的な才能を持った人を除いて、30歳くらいまでは企業にとってもアニメーターにとってもフリーランスがいいと思っています。

職人メーターに求められるのは、高い技能とスピード(生産性)なんですが、例えば原画マンの場合、『完成度の高い原画を描きたい』と『いっぱい原画を描きたい』のモチベーションでは、圧倒的に多いのは前者なんです。TVシリーズの1話を一人で1本とか半パート描きたいという人もいますが極稀です。なので、固定給にした場合には、生活には困らないので更に原画の完成度を上げる方向にシフトして生産性は上がらないんですね。じゃあ、給与に見合うノルマを課せばいいかというと、「そんなに縛りが厳しいならフリーランスでやっても変わらない。むしろ自由に仕事を選べる分フリーランスの方がいい」ということで、力のあるアニメーターは社員契約を選択しないんですね。

もう一つ、アニメーターを育成する視点から、年齢と技能の進歩の関係を見ると、必要な資質のうち若い頃にしか身につけられないのがスピードなんです。完成度はちょっと遅れてからでも探究できる。スピードの限界が見えてくるのが一般的に30歳前後だと思います。なので、自分のスピードの限界を知るまでは、彼らのモチベーションが完成度ばかりにシフトするような契約はしない方がいいんじゃないかと僕は思うんですよね。

ただ、フリーランスのアニメーターにもいくつか契約の種類があって、出来高報酬のみと、出来高プラス固定報酬と、作品契約期間中の月額固定報酬などです。この中でスピードも探究しつつ、上達した技能に対する付加価値として、出来高にプラスしていくらかの固定報酬という契約形態が30歳くらいまでは、スピードをつけるのに理想なんじゃないかと、今までの経験から考えています。

新人の原画マンにアンケートに答えてもらった時に、彼ら原画の月産がどれぐらいか訊いたら、大体30カットぐらいだったんです。これは頑張ってる方だと思うんですよね、新人原画マンなら。今のTVシリーズで求められる原画を描くには、昔よりも物理的に時間がかかるんです。よく動く作品になれば第一線のアニメーターでも1ヶ月に50カットがやっとだと思うんですよ。20年前は70カットから80カットだったと思います。今は30歳で月産50カットの原画が描ければ充分一人前の職人だと思うんです。

若手は出来高でもその数は目指して欲しいんです。30代を過ぎてからスピードが更に伸びることはまず無いので、そこから先はできるだけその数を維持しつつ、完成度を上げることも意識する。さらに、出来高以上の付加価値を何でつけるかということを意識して下さいという話をしたんですね。フリーランスでも社員でも、企業がその人の出来高以上にどんなことに付加価値を認めて、言い換えれば現場での存在価値を認めて、そこに資本を投下するかは、我武者羅に描きつづけた20代を過ぎたところから、先輩を参考にしたほうがいいと思うんです。

例えばその人が上手い原画マンで、原画を担当したシーンがとても見栄えのするシーンになって、演出(監督)や作画監督が「助かる。あの人が必要だ」と言ってくれるようになると、単価の出来高以上に、その高い技能に報酬が支払われるようになる。

もしその人がスタッフの中心的役割を担う人物で、その人が存在することで牽引役となって現場の空気が引き締まったり、ムードメーカーになったりする場合にも、やはり作品や制作チーム全体に及ぼす良い影響力はとても大きなものになります。プロデューサーから見ても、是非現場にいて欲しい人だと思います。

もっと分かりやすい例ですと、企業から長い目で見たときには『職人を育ててくれる人』が最もありがたい訳です。その人一人の月産は50カットの優れた原画かもしれませんが、その人の元でいずれは優れた原画マンが5人、10人と育つ訳ですから。

制作現場にはいろんなパターンの付加価値(=作品や制作チームや企業への高い貢献の仕方)のあり方があるので、若手は将来自分の資質を活かしてどんな付加価値を獲得していくかを考えて欲しいんですね。理想は、若手の将来の目標になるような、色々なモデルの付加価値を持った先輩が企業の中に何人かいることだと思います。

若手に将来どんなアニメーターになりたいかを訊くと、大抵『すごく上手いアニメーター』だったりします。それは当然目指すべき目標で、最大のモチベーションなんだけれど、ずっとその技能一本で食べていけるのは業界でも名の通った極一部の、50人とか100人に一人のスーパーアニメーターなんですよ。でも、もしそこに自分の技術レベルでは行けそうにないと気付いたときにも、基本的な技能を身に付けていれば他の付加価値を獲得して食べていく道はあると思うんです。そのモデルが今の40代以上のアニメーターに少ないことが、若手の将来を不安にさせているんじゃないかと最近考えているんです。

じゃあこの付加価値という考え方を企業に適用したらどうかというと、これが『ブランド』だったり、先ほど安田さんの言われた『個性』だと思うんですよ。企業が職人の作る製品ばかりではなく存在価値を評価するように、僕らは委託された作品を高い品質で制作していくことに加えて、お客さんが僕らの商品や企業に存在価値を見出してくれるような何かを意識して獲得していかなくちゃいけないということじゃないか、と考えるようになったんです。

アニメ産業の今と昔

初期のアニメ産業について

安田:ご存知のようにアニメ初期の作品は大きく二つに分かれています。ひとつはオリジナルアニメ、それともうひとつは原作アニメです。基本的には量産体制という前提では両方とも同じです。また、オリジナルアニメといってもマーチャンダイジングに立脚したオリジナルだったわけです。例えば、【ガンダム】みたいに『作中に出てくる玩具を売るためのビジネス』としてのオリジナリティというものを追求した。それをアニメという映像媒体によってメディア化していく。

菊池:パブリシティ手法の一つですよね。

安田:そうですね。それも売る商品はアニメに出てくるロボットですから。玩具というものを基本コンセプトにしてオリジナルアニメーションが創造されたわけです。だから、初期のオリジナルアニメーションっていうのは、基本的には玩具的なものに対しての宣伝方法であるということです。それと、もう一方は【鉄腕アトム】とか【巨人の星】とかのマンガ原作のアニメーション化。

話数の減少による事業構造の変化

安田:初期のアニメーションは4クール(1年間)放送してスポンサー企業のため、商品を根付かせる手段でした。クリスマス商戦とかお正月商戦をターゲットにアニメによって商品がPRされていく。まさにマーチャンダイジングの世界です。それがアニメビジネスの基本だったんですね。しかし、ある時期から製作委員会が創設されるようになった。その頃には玩具やお菓子が売れなくなっていたんです。アニメーション本体が商品価値を持つようになった。まぁ当然、映像をパッケージ化できるビデオ技術のお陰でもあるのですが…。

映像そのものが商品化された時期にはアニメの放送が4クールから2クールになっていきます。どうしてかと言うと、1年間(52話)も商品を買わせるための説得期間はいらないからです。26話くらいで十分に内容は解りますから。それに52話のパッケージを買ってもらうのはなかなか容易じゃない。ドラマ性とか作画のクオリティも追求すると2クールが限界だったわけです。

ある特定の期間、2クールのアニメが主流でしたが、さらに作品の細分化が始まりました。何が起きたのかと言うと、いろんな意味で社会的状況が厳しくなって、アニメ業界もその煽りを受けて作品自体が今度は1クールの時代に入っていきます。どんどん作品のスキームが小さくなっていくんですよ。作品の回転が速くなって、本来4クール(1年)だとか、パート1パート2と、シリーズが延々と何年も続くようなアニメのビジネス構造だったものが、2クールになり1クールになり…っていうようにどんどん短くなった。

作画のクオリティアップによる量産体制の崩壊

安田:そうなった理由は、アニメという作品自体を商品化していったことが原因だと思います。つまりクールが長かった時代のアニメーションは、先ほどもいったように作品を作ることが目的じゃなかったわけです。なるべく長くキャラクターの関連グッズを売るための宣伝媒体だった。

そういう体制だから、クオリティにはそんなにこだわらなくてもいいという考え方もあったようです。アニメ自体の商品価値っていうよりは商品を売るための手段でしたから。そして、昔はアニメーターが2人とか3人ぐらいでシリーズをずっと回していて、平均的な一般年収の3倍から4倍稼いでいた。シリーズを少人数で制作できた時代があったわけです。だから、キャラクターの影もなかった。

けれど、続々と映像自体が商品化されていくとクオリティアップが求められてくるから、どんどんデザインも緻密で洗練されたものになって複雑な制作工程になっていく。複雑なデザインの表現と動かすことの両立が困難になっていって、ついに今日に至っては動かない方がいいみたいな話にもなっている。動かなければ絵が崩れない、だからいい(笑)それは本来の意味でのアニメーションと呼べるものなのかどうか。ある種の新しい演出に近いのかもしれません。

CGについても使い道が日進月歩となっていて、効果、仕上げ、撮影ではすでに欠かせない技術となっています。本編作業でもトゥーンレンダリング(セルシェーディング)と通常作画の併用で違和感のない高度な動きが表現可能となりました。一部のアニメは既にキャラクター全てがCGとなっていて、技術的には口パクがずれているくらいなので大笑いですが、全く別業種の企業がアニメ業界に参入するきっかけになるかも知れません。 
その意味でも時代の変遷によって日本のアニメーションの技術は明らかにどんどん高度に変化してきています。

堀川:1950年代に東映動画がアニメを始めたときには劇場作品中心で、あんまりマーチャンビジネスのことは考えていなかったと思うんです。多分1963年放映の【鉄腕アトム】からですよね。

安田:虫プロでしょうね。

堀川:その爆発的なヒットからTVシリーズはマーチャンビジネスが中心になっていって、80年代後半から始まったOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)作品がキッカケで、クオリティを重視した、映像自体を商品にしたビジネスが始まったんですね。現在アニメ作品に出資する企業は、出版社とかレコード会社とか玩具メーカーが中心ですが、アニメビジネスの中心がビデオグラムに移り変わる前と後でスポンサーとなる企業の業種は大きく変わったんでしょうか?

安田:先ず初期のアニメ産業は次のようなシステムでした。例えば東映動画(現:東映アニメーション)のような制作会社が自社の広告代理店と連携しながら、スポンサーでありアニメに意見を言える立場、商品化するクライアント(電気、食品、薬品、玩具)などの要望を聞いてアニメを制作していたと思います。それが商品とアニメの密接な関係だった。

テレビ局はスポンサー(クライアント)から提供料を受け取り、その中の番組編成予算(番組購入費)でアニメの製作費を出していました。アニメで視聴率が取れる時代はそうだった。今も視聴率が取れるテレビドラマは編成予算で作られています。

今のアニメは、スポンサーもアニメ制作費も全てメーカー側に委ねられて、テレビ局の役割は発信媒体というふうに変わってしまった。視聴率も下がってきたけど提供料は昔のまま据え置きとなった(笑)。

そこで、角川アニメ(現:KADOKAWA)は提供料の安いU局に目を付けたわけです。そして、「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」などが出て大ヒットしてしまった。今度はアニメ製作委員会のキー局離れが起きて行くんですね。だからキー局系のアニメは昔に比べて相当に減っていますよね。

アニメユーザーの育成とマニア向けアニメ

安田:一方でキー局がアニメーションの開発を積極的にやってくれないと、子供たちがアニメーション離れを起こすかも知れない。アニメを観る習慣は子供の頃に育まれ、好きになって趣味になっていくわけです。子供たちにとってアニメがちゃんと定位置にいられるのかという問題です。

今、子供がアニメを愛しているのはNHKのお陰だと思っています。NHKはちゃんと自局の予算でアニメを作り続けているじゃないですか。それでもNHKの受信料の問題で番組制作費が一番高いって言われて、制作本数が減るんじゃないかとも言われてたりして。受信料の徴収が減ったからとか、視聴率が低かったらやらないとか、そういうのはNHKとしての存在意義を問われるような所でもあるので、教養番組もドラマもアニメもね、しっかりNHKには作ってもらって、子どもたちをアニメ好きにしてもらいたいと思いますよ。キー局は明らかに視聴率とか製作費の高さ、あと権利問題とかを含めて考えるとアニメに対して、ちょっと冷淡になってますよね。

菊池:アニメーションの製作費は特にね、バラエティ番組なんかと比べたら全然高いですからね。

安田:特にお笑いブーム(長いのでブームじゃないかも)がずっと続いていて、それで視聴率も取れるならその方がいいんじゃないかみたいなことで、アニメの開発が益々減ってしまうような状況の中で、一方ではさっきいった1クールで大人向けのアニメが今主流になっている。

子どもを啓蒙するためのキッズ向けアニメとか、商品を売るための宣伝用アニメの方がよっぽど量産体制を取りやすいでしょう。年間契約で作品を取りやすいし、制作会社的にも将来の見通しが立てやすいと思います。絵柄もシンプルだし。例えば人気があれば3年でも4年でも同じアニメーションが続く。そういう長期のマーチャンビジネスをメインにしたアニメーションを軸に制作会社を語るのか、それとも1クール物をマニアに向けて提供していくアニメーション制作会社のあり方を求めて行くのかでも全然方向が違う。前者はどんどん減っていますよね。キッズアニメ自体が過去の遺産になりそうです。

昔は何系といわれる会社が多かったんですよ。つまり大手の制作会社に付随して、下請けの制作会社や、一つの工程に特化した会社がピラミッド型の構造になっていて、アニメーションの制作会社はグループ的に成り立っていました。

ある特定の大手制作会社が年間の作品を請け負うと、系列会社に再分配する構造になっていたから、アニメーションの制作会社はみんな厳しかったかもしれないけれど、それなりに安定していたわけです。

それが、テレビ局とか玩具メーカーの方向転換によって、アニメーション自体―映像そのものを商品にした。製作委員会型のスキームが登場して、そういったマニアック系の作品を制作する制作会社が増えたっていうことですよね。パッケージユーザーに向けてアニメーション自体を商品化していくということが、多種多様化あるいは絵のクオリティの複雑さを生んでいる原因ではあるんですよね。そこが、アニメーション業界初期の制作会社の有り様と近年の制作会社の有り様の違い。その中で、まあできれば一番いいのは、両方持っている制作会社がね。

堀川:今、ビデオグラムが売れなくなってきて、別のビジネスモデルを考えなきゃって、アニメーション業界全体が危機感を持っていると思うんです。マーチャンを中心にしたビジネスモデルに翳りが見えてきた当時のアニメーション業界はどうだったんだろうって考えるんです。今と同様に、テレビ局もアニメーションに出資しなくなったから、マーチャン以外の別のビジネスモデルを考えなきゃっていう危機感を持っていたんでしょうか。

つまり、その打開策から生まれたのがターゲットを子どもたちとは別の層に開拓することですね。映像作品自体のクオリティーを求めるファン層に対してパッケージ商品を売るOVA作品を出した。その成功から戦略的にテレビシリーズも映像クオリティー重視のパッケージビジネスに傾いて行ったんでしょうか。

テレビシリーズで製作委員会方式を初めて導入したのが【無責任艦長タイラー】だと思うんですが、僕はこの作品に制作デスクとして関わっていたんです。当時聞いていたのは、作品のクオリティーを守るためには制作に充分な準備期間が必要で、テレビ局の最終的な稟議が通るのを待って制作現場が動き出したのではとてもいいものを作ろうとする制作現場を守れない。だから、製作委員会に出資金を集めて、制作現場の進捗状況に合わせてそこから制作費を捻出できるようなシステムを考えた、ということだったんですね。

先ほど説明して頂いた局の出資控えに対してと、局の番組編成時期とアニメーションの制作スケジュールの噛みあわなさから、クオリティー重視作品の制作現場を守る対策だったということですね。これらの流れがマーチャンビジネスのシュリンクにアニメーション業界が危機感を覚えたところから、かなり意識的に作られた新しい市場形成の流れなのか、あるいはアニメーション業界に人材が育ってきて、個性的なクリエーター達の「俺たちもっとこんな作品作りたいんだ」に乗ってOVAを出してみたらヒットしちゃったことから生まれた偶然の流れなのかっていうのはどっちなんでしょうね。

安田:【無責任艦長タイラー】は僕が富士見書房でドラゴンマガジンの編集長だった頃、原作側としてアニメ化に参加しました(笑)。

マーチャン主流からセルビデオ&キャラクター商品主流にビジネスが変革した時期、テレビ局からアニメ離れが始まったと思います。彼らにとってニュースもバラエティも時代劇もドラマもアニメも同じで視聴率が取れれば何でもよいわけです。制作費が高く、視聴率が取り難いマニアックなアニメは真っ先に遠ざけられました。

その頃、提供料の安いテレビ東京系にアニメが集中し始める。テレビ東京は後発で当然、他局との視聴率競争に惨敗でしたから独自路線を歩んだ。それが夕方のアニメ番組ベルト、そして、深夜のアニメ番組ベルトだったということです。
 元々、製作委員会はバブル時代に映画作品に一般企業が投資するためのもので、様々な理由で節税効果があった。今も当然あります(笑)。TVアニメの成立に製作委員会が使われるようになったのは上記の事情でテレビ東京が視聴率競争ではなく、セルビデオ&キャラクター商品ビジネスで独自の路線に方向転換したことにあります。

代理店がマニアックなアニメを成立させるためにキャラクター企業(玩具、お菓子、文具、音楽、出版)とCMスポンサー企業(家電、自動車、食品、薬品、アパレル等々)、アニメ制作会社をつなげるために編み出した錬金術だったわけです。 
 【スレイヤーズ】【新世紀エヴァンゲリオン】などが生まれてくるキッカケになったと思います。

一方では堀川さんの言うOVA作品も同時期に派生して【メガゾーン23】【ガルフォース】【幻夢戦記レダ】【機動警察パトレイバー】【天地無用!魎皇鬼】など人気OVAシリーズもしくは、OVAからTVシリーズに育った作品も多数、生まれました。

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