P.A.Press
2005.10.25

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「17年間変えないスタンス」 後藤隆幸(キャラクターデザイン・総作画監督)

後藤隆幸   キャラクターデザイン・総作画監督
関口可奈味  作画監督
中村 悟    作画監督 
古川尚哉   レイアウト作画監督
橘 正紀    演 出
河野利幸    演 出
吉原正行   演 出
遠藤 誠    3D監督
田中宏侍   撮影監督

TVシリーズ攻殻機動隊S.A.CとI.Gの作画チーム

「攻殻では、これじゃいけないだろう」

堀川:攻殻TVシリーズ制作中の経験なんですが、攻殻の原画は敬遠されたんです。求められているレベルが高いからだけじゃない、作画の自由度なのか、作画のけれんみなのか、アニメーターの作品選択肢の中に入ってこない。後藤さんはその現状をどう思われるか、と云うのが一つ。それと、後藤さんが「軌跡」(*1)で、自分は苦手なものをずっとやることで成長してきた、と語られていたので、I.Gのプロパー原画スタッフが攻殻TVシリーズを最後までずっとやってきたことは、同じように成長に繋がったんじゃないかな、と思ったんですね。そのあたりはどうですか?

後藤:攻殻の原画を集めるときに敬遠されると云うのは、人それぞれ理由があると思うんだよね。やりたいものができる外のフリーの原画マンの選択はともかく、1スタ(*2)の原画スタッフであれば、今ではある程度自社作品の中で選ぶことも出来るようにはなっているんだけど、とりあえず制作から依頼されたものを順番にやってきた。彼らに聞けば、他の作品と平行してやったとしても、TV攻殻の原画は3ヶ月に1回しか請求ができないくらいスパンが長いものだったし、そうすると収入が減って単純に生活は苦しくなっちゃった。そのくらいの期間かかってしまうと云うのが大変だったみたいなのね。勉強はできる。でも、ある程度やっぱり暮らしていかなくちゃならない。そこを上手く、勉強もできるし収入も得られるんであれば、すごく噛み合ったはずだよ。もし選択肢がある原画マンなら、食えないよりは別の作品で勉強すればいいんじゃないかなと云う考え方をしてしまうかもしれないよね。人それぞれ。外のフリーの原画マンも単価がもう少し良ければ、どうだったろうと云う気はする。

堀川:ぶっちゃけた話、攻殻は通常のシリーズよりもずっと単価がいいじゃないですか。でも、その分上乗せされた内容が上がってくるか、劇場作品クラスの人がシリーズの単価に合わせた上げ方はできるけれど、シリーズでやっとの人が単価に合わせてクオリティーを上げられないと思うんです。攻殻の作画スケジュールが3ヶ月であの単価であれば、3ヶ月生活するために100カットを狙うか、ただ、攻殻の原画を3ヶ月で100カットやっている人はいなかったと思うんですよね。実際に社内で攻殻の原画に絞ってやっていた人は1ヵ月平均でどれくらい上げられていたものなんですか?

後藤:他の作品もやりながらやっていたと思うんだけど、一番やる人でもやっぱり30そこそこじゃなかったかと思うんだよね。初めから攻殻に持っていたイメージなのか、原画をやり始めてから気づいたのかは分からないけど、社内に関しては、今まで妥協点をこれくらいに置いていた人でも、『攻殻では、これじゃいけないだろう』って。そこが勉強になってきた部分だと思うけど、そこを演出からも要求もされた。「いや、これはここまでやってください」と。自分たちも『あ、攻殻は、じゃあここまでやらなきゃいけないんだ』と。そうすると、上がるカット数も減って、通常のTVシリーズをやっているよりも、収入も少なくなっていった。それでも、出来上がったものに満足していないかって云うと、彼らは彼らで、攻殻はすごく勉強になったって話してくれる。だからやってどうだったの?って聞けば「やってよかった」って。ただ、食うのは大変だったって話はするのね。外のフリーと社内のスタンスは違うと思うけど。

*1:「軌跡 Production I.G 1988-2002」角川書店
*2:Production I.G 第1スタジオ 後藤さんは1スタの代表

「自分がコレをやるために育ったんだ」

後藤:攻殻をやった1スタのスタッフの中には、原画になって一年弱の人間もいたし、原画になったばかりの人間もいた。I.Gらしい? ああ云うタイプの作品をそれまで全然描いていなかった人も中にはいたしね、結構いろいろ。それでも会社から依頼があれば、やらざるをえない、会社に在籍していたらね。その中で認めてもらおうと思ってみんなやった。
 レイアウトを描いても全部描き直される。レベルの高い連中でもね。彼らはそれでも腐らないでやらなきゃいけない。じゃあ次にレイアウトを起こすときにそれを参考にしながら、今度は直されないようなレイアウトを切る。それでも直される。その繰り返しでずっとやっていたって云うのが、実際のところだったと思うんだよね。そう云う中で成長していっているし、終盤は徐々にレベルが上がってきたのか、直されなくもなった。それでも、攻殻の原画はやっぱり大変だったよねって云うイメージで残っていると思うよ。

堀川:IG作品を今後やって行こうと思ったら、この攻殻TVのレベルを標準として基礎体力をつけて、劇場作品に参加するくらいのつもりじゃないと、ここで大変だと言っていると、その上の作品にはなかなか参加できなくなっちゃうかなと思ったんです。

後藤:誰だって言うよ、黄瀬氏(*1)だって言う。上手くなればなるほど大変だったとか、上手く出来ないとか、それはアニメーターのいつも言うことで、傍から見たら充分上手いじゃないと思うモノでも、「いやー、あれは大変だった。やりたくない」って言うのは普通なんじゃない?(笑)

堀川:僕は外から見ていて、1スタのね、安定してこのクオリティーの原画が毎日この数上がってきたら、制作はどんなに作品のクオリティーコントロールしやすいか、最後にボンと積まれるのではなく。シリーズを回す会社にとってそれは理想じゃないですか、ボトルネックになる作監にきっちり、コンスタントに供給して、全カット作監を入れ切るためには。I.Gのプロパー原画スタッフが育ったことが、攻殻TVシリーズをあのクオリティーで乗り切れた大きな要因だったと思うんです。

後藤:確かにそだったなとは思うんですよ。でも、作品によって育ってくれる、傍から見れば、そう云う作品が入ったから育っただろう、こう云う作品があったからあんた伸びたんだろうと云うのはもちろんあると思うんだけど、俺に言わせれば、こう云う作品をやるために自分たちは一生懸命やってきたんだよ、自分が一生懸命頑張ったからだよ、と思うように彼らには言っているんだよね。この作品に育ててもらったんじゃなくて、自分がこれをやるために育ったんだと、いつもそう云う意識でいて欲しい。今回はちょうどその時期に攻殻の仕事が当たったんだと。

*1:黄瀬和哉(きせかずちか)Production I.G 第2スタジオの代表アニメーター

「9課がガニ股で走る」

後藤:作画が遊べる作品と遊べないない作品があるよね。攻殻は遊べない作品の部類に入る。コンテを見ただけでも逃げが無い。アイレベルが必ずフレーム内にあるとかさ、カットで表現することがコンテでビシッと決まっていて、遊びが許される余白が少なかったりするわけでしょ? 好きにやってもいいよって言われても、原画は好きにできなかったと思うんだよね。こんな芝居をさせたら攻殻の世界観に合わないだろうとか。原画を描くときには、攻殻の芝居はこうだろっうってイメージする、もう型にはまった動きがあるんじゃないかと思うんだよね。そこから外しにくいって云うか、外しちゃ駄目って云うか。例えば、キャラをガニ股で走らせることはできないでしょ? 「どんどんガニ股走りO.K!1コマ使って走ってもO.K!」、そう云う作品であれば、原画で自分の試してみたかった動きがテストできる。でも、攻殻はそんなにギャグがあるわけでもないし、それが出来ない部類に入る。
俺はギャグモノでタイミングを覚えたんですよ。そう考えると、今のI.Gの作品ってほとんどギャグが無いでしょ? 作画が遊べる余地が少ない。生活芝居は上手くなるんだけど、ギャグとか、好きに動かしたい盛りのアニメーターのモチベーションは上がらない(笑)、と思う。こう云う作品でご飯を食べるのであれば、作画でギャグっぽく表現しようとしても、キャラに合わせてちょっと大きく口を開くくらいなもので、こんなのやっちゃえーとはならないでしょ? クロマティー(*1)みたいな。やっぱりそう云う作品でないと、それはできないんじゃないかな。攻殻は遊んだとしても、もうビシッと、演出から「いや、コレでやってください」って云うのが返ってくる。会社でこう云う作品もやりつつ、遊べる作品も入れるって云う形をとっていかないとそれは無理だよ。

堀川:「xxx HOLic」なんかは好きにやれそうな気はしますよね。攻殻は自由度があるとしても、演出の要求は満たした上で遊びなさいと。画面で見て、「ここの原画は俺がやった!」って突出した個性でアピールできる人は相当高いレベルですよね。それを高いレベルで出来る人は、非常に限られた職人タイプの人だ、と云う話を中村豊(*2)さんがしてたんです。そんな人は既に劇場作品で拘束されているよって(笑)。作品としての攻殻、これだけ売れて視聴者に支持されている作品だし、I.Gの名前を世界に知らしめた攻殻でもある。この作品の質に対する貢献と云うのは作画のモチベーションになりえないのかなと。そう云う方向に価値観を持っていかないと、I.Gは今後ますます品質を求められるだろうし、作画が野放しに遊べる作品って少なくなっていくとは思うので。

*1:魁!! クロマティー高校
*2:中村豊 BONES所属のアニメーター

「自分のスタンス」

後藤:今与えられたことをね、とにかくこなすって言うのが自分のスタンス。攻殻S.A.Cの話しをもらった時は、「攻殻S.A.Cは若手でやる」って書いてあったから、若手でやるなら1スタの浅野(*1)作監で、俺が参加するとは思っていなかった。だから突然言われた時は、「えっ、俺でいいの?」って石川(*2)にも言ったの。「俺でよければやるけど、神山さんが目指しているものにね、俺が到達できるのかどうかは分からないよ」って言って始めた。
でも、いつも俺は、どんな作品が来ても、今持っている実力の範囲で一生懸命やっているつもり。その評価はみんながそれぞれ俺に対して持っているかも知れないけど、俺は最大限に一生懸命、何が来ようとやっているの。だから、今回決起集会で言ったこと(*3)も、何でそんな考えでやっているのかなって、思われた人もいるかもしれないけど、俺の中ではいつも全力投球なわけ。だから、いつも俺の中では、劇場作品やろうが、テレビシリーズやろうが、もちろんある程度スケジュールによるところはあるとは思うけど、俺にはあまり関係ない。俺の中ではいつもこの作品は全力投球。俺の出来る範囲で一生懸命やるしかないと思っている。
もちろん中には上手い原画マンがいたり、作監がいたりするわけだから、その人たちのいいモノを見ながらね、『あ、ここ、こう描けばいいのか』って、見て真似しながら出来るし、そう云う人たちから影響を貰いながら、自分に培われたものをフルに出して行く、そう云うスタンスでいつも俺はやっているんですよ。

* 1:浅野恭司 Production I.G 第1スタジオ所属 原画・作画監督
* 2:石川光久 Production I.G代表取締役社長
* 3:2005.10.24に攻殻SSSスタッフを集めて行われた。「僕は黄瀬(和哉)君でも西尾(鉄也)君でもないけれど、自分のいいところをいかした作監ができればいい、スタッフに助けてもらいながら頑張っていきたい」

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