「そんなの知らねぇ」
堀川:作画のクオリティーを絶対に上げたいと思ったら、上手いアニメーターに参加してもらわないと、作画監督の負荷も大きくなるじゃないですか。
中村:そうですね。
堀川:もう、みんなで「バカバカしいアイデアでも口説き文句、キャッチコピーを出してみよう」って言ったら、「石鹸とか巨人戦のチケットが貰える」とか、「60万円の自転車が当たる!」とか(笑)。
中村:(笑)、そうですね、I.Gで旅行の計画でもあるといいかもしれないですね。
堀川:僕も煮詰まってしまったので、どうしてアニメーターのモチベーションが、今の方向に向かっているのか・・・疲れたのかもしれないけど、作品の選択動機が変わっていった、そのプロセスを考えてみようと。それと、監督が何故そう云うものではない作画を攻殻で目指したのか。「やるべきことはその対極にある」(神山監督語録No.024)と、潮流に逆行する一つの指針を示すようになったのか。その二つのプロセスを考えれば、どこかに接点があるのかな、この状況のブレークスルーの鍵が見つけられるかな、と思っているんですけど駄目なんです。未だに見つけられない課題なんです。
中村:難しいですね。作品のお話が面白いことが前提にある人じゃないと。長くアニメーターをやっていると、絵だけを描くことの空しさみたいなものが(笑)、結構分かると思うんですけどね。
堀川:なるほど。
中村:どんなに楽しい動きを描いていても、最終的に上がった作品として残らず、「俺がやったカットだぜ」って言っても、「カットはいいんだけど何の作品、これ?」って云う(笑)、「そんの知らねぇ」って言われた方が落ち込むと思うんですけどね。
堀川:「40越えたらそれに気づけ!」と(笑)
中村:(笑)。
「終わりの形」
堀川:その上手いアニメーターたちにとってのメリットは何だろうってずっと考えていたんだけど、ちょっと見方を変えようと思った。僕は頭が固いから、その「逆」を考えてみたの。それは、上手いアニメーターたちにとってのメリットではなくて、その逆、上手いアニメーターが参加することが、若いアニメーターたちのメリット、参加動機になることだと。第一線でやっている40前後のアニメーターたち、今まで80年代から楽しくやってきた人たちが、若いアニメーターたちに対して、攻殻の世界観でアニメート探求の先にある表現の可能性を示してやることはできないかと思ったんです。
あなたたち上手いアニメーターのメリットではなくて、あなたたちが参加してること自体が若いアニメーターにとってメリットになり得るものを示せないか、そう思ったんですよね。沖浦(啓之)さんにもそんな話をしたんです。このアニメート表現の停滞した現状で、リアルな表現を探求したその先に、精度を上げていく意外方向を見出せずに行き詰っているこれから若い人たちに、あなたたちが新たなアニメートの可能性を示すべきじゃないか。それを示せるのはあなたたちじゃないかって。でも今、中村さんの話を聞いて、僕は間違っていたと気づきました(笑)。示すべきものはそれじゃないんですね。
僕らの世代のアニメーターが示すのは、新たな表現の可能性ではなくて価値観なんですね。アニメーターの参加する意義、今まで希薄だった価値観を示してやる。作画だけではなく後に残る作品、面白い作品でなければ駄目なんだよ、そこに貢献するって云う言い方はアレなんですけど、協調性をもって作品の一パーツを組み上げていくことの喜びがアニメーターにはあるんだよって云うことを。
中村:(笑)うん。
堀川:中村さんの話を聞いていてわかりました。今までずっとアニメーターをやってきて、色々なことに気づいた世代のアニメーターが、若い世代に示すべきものはそれなんですね。何だろう、この緩いほうへ逃れることがたやすい現状で、それを言葉で教えるのは困難だと思うんですよ。これからの若いアニメーターの価値観に、そんなに簡単にパラダイムシフトが起こるわけが無い。まず出来ることは、それに気づいた中村さんが、そのスタンスで楽しく作品に参加している姿を、若いアニメーターに見せてやることだと思うんですよね。
中村:そうですね。
堀川:若い人たちを巻き込みながら、そこのスタンスを楽しんでいる姿を見せてあげられるか。
中村:そう云う意味でもこの総集編を、自分なりに納得した形で終わらせることが出来たらいいなぁと思いますよね。
堀川:それと平行して、僕らはパラダイムシフトを起こし得る要因を探って、じっくり取り組んでいけばいいんだ。そう云うことか。これから考える大きな課題が一つできました。
中村:そうですね、価値観。あんまり深く考えたことはないんですけど、やっぱり自分が参加した作品が面白いってことが一番大事ですよね。
「感覚を言葉にする能力」
堀川:中村さんのケースは、作品の参加動機にせよ、レイアウトに対するこだわりにせよ、今のアニメーターとしてはかなりマイノリティーですよね。
中村:そうですかね。僕はどちらかというと、動きと云うよりも画作りと云うか、画面構成の方に興味があるんです。
堀川:演出的なもの?
中村:そうですね、最近は自分でこうしたいって云う気持ちも出てきていますよね。
堀川:アニメーターが何を欲しがっているのかなと思って話を聞いていたんですけど、演出からのリアクションをとても欲しがっていると思ったんですよ。自分が上げたものに対しての。実写とか演劇って、演技をしたその場で演出からダイレクトにリアクションが返ってくるじゃないですか?
中村:はい。
堀川:僕はその緊張感が羨ましいんですけど、短時間で自己陶酔するようなテンションのコントロールよりも、むしろアニメーションの現場では、長い制作期間中いかに緊張感を保ち続けられるかなんです。上げたものに対してリアルタイムで演出から反応が返ってくるわけでもない。特にフリーで、外で仕事をしている場合には、打合せが終われば後はだいたいメモ書きでのやり取りになる。
中村:そうですね。
堀川:やっぱり緊張感のある現場、参加意識の高い現場には、上げたものに対してのリアクションが必要なんじゃないかなと思ったんです。クリエーターにとって、監督や演出からの適正な評価は刺激になりますよ。それで、僕も演出のリアクションの方法、アニメーターとの対話の方法を考えようと思って、若い原画マンに「毎日演出から上がりの評価の電話をするってのはどう?」って聞いて見たら、「そんなことされたら怖くてカットが出せなくなる」って(笑)
中村:ほぉ。僕もここ(9スタ)に来て演出の松本(淳)さんと組むまでは、わりと一方通行的なやり取り多かったんです。松本さんと組んだときに、自分でこうだと思ったことを相手に納得してもらう必要があるんだって、結構ね、身にしみて感じたんです。それから理屈をいろいろ考えるようにはなりましたね(笑)。
堀川:ほぉ、そうですか。
中村:「感覚的に気持ちいい」だけじゃ納得してくれないので、理屈でこうじゃなくちゃならないんだってことを、相手に理解してもらえるように伝えることができる能力は必要だと。
堀川:演出には必要、神山監督が「説得する商売だ」と言ってたように。でも、アニメーターは描いた「絵」の説得力が全てだと思うんですけど、どうなんでしょうね。関口さんも、黄瀬(和哉)さんは直した絵で解答を示す。説明してもらえるわけじゃないから、それに気づけるかどうかだったと。
中村:そうですね、説明は難しいんですよ。でも、演出を納得させるのには、それがやっぱり必要なんだと思いますね。
堀川:演出って相手を説得することに長けた人たちだからなぁ。
中村:(笑)。
堀川:松本さんと組んだことは無いですけど、あの緻密な演出を見ていると理詰めそうですよね?
中村:いやぁ本当に、「何でそうなるんですか!!」って(笑)。
堀川:灰皿が飛んできたりはしないんでしょ?(笑)、そんなピリピリしたやり取りが現場であったら、僕は困った顔して内心ワクワクして見ているなぁ。だって、それが無かったら、「作監様何卒宜しく」のメモばかりの作品も多いですから。
中村:ええ、そうですね。松本さん自身絵が描けますからね。
堀川:あ、そっか。元々アニメーターですもんね。
中村:だからすごく面白かったですね。
堀川:へぇ、それはいい経験でしたね。
中村:ええ。
「俺の仕事」
中村:やっぱり後で見たときに、『俺、面白い作品に参加できたんだ』って思える作品がいいですよね。
堀川:その部分を背負っているのが、僕は監督だと思うんですよね。
中村:ええ。
堀川:監督の背負っているものってね、ヒットする作品を作ることと、限られた制約の中で着地点をスタッフに示すことと、大変だったけどこの作品に関われてよかったって云うね、スタッフが誇りを持てるような作品にすること、この3つだと思うんです。神山監督はそれを理解して実行している人だと思いますよ。でも、長尺の監督はもどかしいと思うんですよね。この作品が完成したときには、スタッフは参加してよかったって言ってくれるはずだ。でも、その完成映像が見えてくるまでにはすごく時間がかかる。その長い制作期間中、手探りでやっているスタッフを相手に「こっちに進めば間違いない」って求心力を維持するのが大変なんですよね。
中村:そうですね。どうやって引っ張っているんですかね、長編って。
堀川:対話でしょうね。それか沖浦(啓之)さんみたいに、既にアニメーターとしてのカリスマ性があるじゃないですか? もう、それで引っ張れちゃう。
中村:ああ。
堀川:何かその人に1つ、誰も敵わないって云うものがあると引っ張れるんですよね。これは、やってみせるしかない。
中村:そうですね。
堀川:今回の中村さんの役割はどんなものだと考えていますか?
中村:役割ですか?
堀川:背負っているもの、ミッションですね。
中村:そうですね・・・。画面作りの部分で、Bパートはやっぱりレイアウトをちゃんとした形にする、と云うのが俺の仕事かなぁと思っているんですけどね。絵的な部分は後藤(隆幸)さんが総作監で立たれているので、俺としてはレイアウトの方に力を入れたいかな、と思っているんですよね。
堀川:3Dレイアウトの出力ではなくて、もっと見せたいものを意図した画面を。
中村:そうですね、俺が打合せをしたBパートを見る限りでは、そこに力を入れるべきなんだろうなと。
堀川:なるほど。
中村:今までのTVシリーズは結構(キャラクターを)好きなように描かせてもらったような感じなんですけど・・・
堀川:シリーズの良さでもありますよね。
中村:ええ。そこの部分は今回自分の中でラインを引いて、後藤さんのキャラクターの抑える部分は大きく外さないようにした上で、レイアウトをまとめるのが仕事かなと思っているんですよね。
「3年後に見ました」
堀川:中村さんはこれまで劇場、長尺作品にもいっぱい参加された経験があると思うんですけど、どうですか、「この作品はやり切ったな」って云う達成感を得たものはありますか?
中村:いや、劇場作品って作画をやっているときには、実際にフィルムを見られないことの方が多いんですよね。
堀川:そうですね。
中村:作画作業が終わってずいぶん経ってから劇場にかかる。でも、そのころになると、作画についての話が特に聞けるわけでもなかったり。リアクションが返ってこないとテンションも上げようがない。描いた原画をラッシュ(フィルム)で見るまでに3年かかった作品もあるんです(笑)。
堀川:(笑)中村さんは3年で済んだんですから。たぶん8年って云う人も・・・
中村:でも、3年見られなかったんですよ(笑)。普通の劇場作品だったら、3年前に上げた自分のシーンを映画館で観られるじゃないですか? ラッシュで冒頭のシーンを3年後に見ましたからね。何かこう、実際に描いているのか描いていないのか判らない、全体を覆う空気が低いところをすごくゆっくりと流れているような感じなんですよ。最後の追い込みの頃はそんなことも無かったんでしょうけれど、僕が参加していた3年間は、作業が流れているのかいないのか、よく分からなかったな。
堀川:その期間中どうやってテンションを維持できたのか是非聞いてみたいんですが。
中村:維持は最初の1年くらいまでですよね(笑)。僕も緊張感を持って、なんとかテンションで上げようとしたのは。長尺も2年、3年の作画期間となるとちょっと無理ですよね。
堀川:そんなときに僕がもし担当だったら、原画マンのテンションを維持するために何をするだろうなぁ・・・。とりあえず上がったカットから原撮して繋いで見せる。動きはチェックできるし、繋いで見たときに自分の担当カットだけ白味(映像が無いフィルム状態)だったら、無言のプレッシャーになりませんかね?(笑)。それを後で特典DVDにするんです。「作画監督無修正原撮・担当原画マンの名前がボールドで入る・画面分割でタイムシートも見られる・更にそのタイムシート上をバーが移動して、タイムシートのどの部分の映像が写っているかがコマ単位で分かる。みんな早く原画を上げて見たくないですかね?劇場大作でこれをDVDで出したら世界のアニメーターに売れますよ。そんなソフトをセルシスあたりが開発してくれないかなぁ。自分がどんなものを上げたのか映像で見られないのは、やり甲斐が無いかもしれないですね。
中村:分からなかったですね、本当に。
堀川:僕は海外の原画のレベルが伸び悩んでいるのは、そこだと思うんです。自分で描いた作品が見られない。評価のリアクションも無い。自国自作でもっとTVシリーズが放映されるようになれば、レベルは急速に上がると思っているんですよね。今、劇場作品の制作期間がどんどん長期化していますから。スタッフの緊張感を維持するために、上げたものに対する評価のリアクション方法はもっと考えてみたいですね。でもですね、今回の攻殻SSSは長尺ですが、一週間の作監ノルマの話しをしただけで緊張しちゃうかもしれないですけど(笑)。それでも、自分の目標値を週単位で細かく設定しておかないと、特に作画監督は作画全体のクオリティーコントロールを背負っていますから。
中村:ええ。
堀川:この作品一本通して、作監を入れ切るためには、コンスタントに一週間でこれくらいのノルマをこなしていかなければならないと云うものがあります。
中村:ええ。
堀川:制作も新人が多い中で、長尺の経験豊富な中村さんにその部分をリードして貰わなければいけないことも出てくると思います。