P.A.Press
2005.10.29

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「プロセスはデッサンを描くように」 河野利幸(演出)

「少しでも楽しよう」

堀川:レイアウトが3Dだとしたら、手描きの部分ではこう云うところを伸ばしていって欲しいって云うものはありますか?

河野:基本的にはですね、レイアウトが3Dだろうが演出や作監が直した原図だろうが、原画を描く時点で、いわゆる遠近法を理解できていない限りはどっちのレイアウトを使っても駄目だと思います。アイレベルがここだからこう云う絵になるとか、まずは描けるかどうかの前に、基本的にパースの極々基本的な部分だけでも理解しておいて頂くと云うのが1つですよね。その上で、例えば攻殻SSSのBパートの、あのすごくオブジェクトの多いダイブルームのレイアウトを3D で出してもらったのであれば、それを描かなくて済んだ労力を演技に使って欲しいですね。

堀川:うん。それも3Dでのレイアウト出力が当たり前になったところから、初めから3Dレイアウトで育ったアニメーターには無くなる意識だと思う。

河野:そうですね。

堀川:そうすると、演出が絵コンテの段階で意識して、ことアニメートに関して今より高度なものを要求するとか、芝居設計をしないことには、どんどんアニメーターがアニメーションの中心セクションでは無くなってしまうような気がしないでもないんですよね。

河野:個人的には俺がアニメーターとして仕事を続けていくのであれば、自分でレイアウトは切りますと云う立場なんですけれどもね、今の現実的に困った状況からはしょうがないのかなって云う気はするんですよね、どんどん楽していこうと云うのは。いや、もう楽したいって云うのは常にありますからね、みんなね。原画マンも少しでも楽しようと云うのは、俺自身も原画を描いていてそう云う部分もありましたから感じるんですけれども、やっぱり3Dでそれが加速していきますかねぇ。最初から3Dレイアウトでスタートするアニメーターって云うのはそうなって行ってしまいますかね・・・。どうなんでしょう、もし楽な方へ楽な方へ流されていったアニメーターが闊歩するようになってきたら、作品数がものすごく淘汰された場合にはきっと職を失うでしょうけれども、これだけ本数が増えてしまうとそう云う状況にはならないかもしれないですね。

堀川:このまま流通媒体が増えてコンテンツが足りない状況が続かない限りは、こんなに作られていくことは無くなるとは思うんですけれども。アニメーターが今後も食べていくためには・・・、この状況がアニメーターをスポイルしてしまっている部分もあると思うんですけれど、うーん。

「2Dアニメーターの生きる道」

河野:去年『IGPX』でP.A.WORKSさん制作話数の演出をやらせていただいて、あの時感じたのは3Dアニメーターのモチベーションの高さなんですよ。今の堀川さんの言葉で言う打てば響く感じですね。3Dのモーションチェックで修正をお願いするときにでも、こう、乗り出して聞いてきますしね、その翌週のチェックでそれがグンと良くなって上がって来るので、この人たちと一緒に仕事をするのって楽しいなって思いましたね。それは作品を通して大体同じ3Dのスタッフと仕事をしていたって云うのもあって、本数を重ねるにつれてしっかりとした関係構築が出来ていたんだと思いますね。

堀川:他の演出もリテークに対して圧倒的に3Dの方がリターンが早い。演出の要望に応えてくれると言っていましたね。手描きの場合は消して一から描き直さなきゃいけない煩わしさがあると思うんですよね。

河野:そうですね。

堀川:その部分では2Dは物理的にかなわないでしょう。

河野:そうですね、手描きアニメはどう生き残っていくかって云うことですよね。9スタでもちょっとやっていた番組だと思うんですが、擬人化した飛行機のキャラクター『南の島の小さな飛行機 バーディー』のような子供向けの二頭身キャラアニメまで今は3D でやり始めていますからね、本当に2Dの手描きアニメーターの生き残っていく道はどこなんだろうって。自分がアニメーターを今もやっていたらちょっと危機感はありますね。

堀川:危機感はあるのかなぁ。

河野:この本数がある以上は、やりきれないくらい仕事は回ってきますよね。あんまり今日明日に食いっ逸れると云う危機感は無いんじゃないですかね。

堀川:現状の作品数では無いですよね。むしろ3Dで少しでも楽になるならそうして欲しいでしょう。
演出が今苦労しているのは、求められているクオリティーがどんどん上がっていることですよね。上がってくるものの質は追いつかないままに。

河野:ああ、そうですね。

堀川:今後ソフトの売れ行きが頭打ちで、作品数がぐっと減ったときに備えてどう変えていくかは、アニメーター個人個人の危機意識を待っていたのでは手遅れだと思うんですよ。これから原画になっていくような若い原画マンは技術と物量のことで手一杯で、とてもその先を考える精神的なゆとりがあるとは思えないですよ。僕らが答えを見つけないと。

「自分で絵を描く率」

堀川:攻殻の演出はみんな絵を描ける人だけれども、絵はあくまで伝える手段に留めると云う話がありましたが、それでも、もう絵を描ける演出しかプラスアルファができなくなっていると云う話です。

河野:そうですねぇ。少なくともキャラクターがちょっとした芝居をね、表現できるくらいの画力は必要かもしれないですね。

堀川:ここからは作監にまかせて、ここまでは演出だっていう境界線を何か決めています?

河野:俺はずっと全部直すタイプの作監だったんですね、レイアウトから芝居のラフから。演出をやり始めても暫くその方法を引きずっていたんです。だんだんラフをザックリ入れて、あとは作監さんにフォローしてもらうように変わってきたんですけれど、でも意識としてはとにかく、絵で描いて伝えようと云う意識でずっとやっていたんですよ、自分でラフの枚数をしゃかりきになって入れて。それを、実はこのスペシャルから少し自分で絵を描く率を下げました、あえて。Bパートの芝居があまりに微妙すぎて、ラフではブレが大きすぎて伝えられないって云うのもあったんですけど、さっきも話したかもしれないですけど、やっぱり集団作業なので。線引きと云う意味では、そうですね、例えば一番キャラクターの芝居で大事な部分、ここは目がポイントですと云うことだったら、その目の動きが分かるようにはしておきます。具体的にそのレイアウトの作監修正に合わせたら、また原画さんは描き直さないといけないんですけれども、俺の入れたラフだけで芝居を見た場合に、その芝居の流れが分かると云うところまでは入れます。それをそのままトレスしてくれと云うわけではないですけれども。中には俺のラフをトレスするなよって云う原画も(笑)、あるんですけどね。そう云う住み分けはしていますね。攻殻もTVシリーズ中までは原図を自分で描き直すこともしていたんですけれども、スペシャルからは原図は3Dのガイドがある以上大きく破綻した原図は上がってこないので、原図修正に関しては全部自分で切り直したものはそんなに多くないですね。自分がOKだと思ったカットでも、作監の中村悟さんが原図修正しているものもありますし、自分が直したカットを更に作監で直しているものを最初のうちに見たので、中村さんがいることでこれだけ信頼して頼れるんだと云うことが分かったので、自分が入れる部分の割合を減らしました。

堀川:中村さんは特にレイアウトの画面構成がアニメーターの楽しみの半分だと云う話をされていましたからね。そこに一番こだわりたいのでレイアウトをどんどん直したいと云う話でした。だから最初3Dレイアウトのガイド出力に対してもちょっと懐疑的なところがあったようなので、あのコンセンサスミーティングを持ったんです。

河野:俺もそうですね。もう原画をやり始めて一年くらいまでは、原図が取れなくて取れなくて一番悩みの種だったんですけれど、あるときからレイアウトが楽しくなって、何か描いていて楽しい!! みたいな。それで今までやってこられた部分があるんですよね。

「その人が仕事をしていく上で何か必要になってくるもの」

堀川:レイアウトが楽しいと思えると云うのは資質の部分もあると思いますか? レイアウトに対するこだわりが弱いような気もするんですが。

河野:うーん、確かに実感はしますね。レイアウトが上がってきても、空間を作っていくことだとか、シーンの流れを作っていくことにあまり興味が無い人なんだなって云うのが多い気がしますねぇ。でも俺も最初は描けなかったんです、本当に。パースから駄目だったので、あの白いレイアウト用紙を目の前にした時点が一番苦痛だった時期があったんです。アニメアールの先輩に加瀬政広(*1)さんがいらっしゃって、相談に行ったら、レイアウトを取る楽しみみたいなものをこう、精神論みたいなんですけど、ちょっとアドバイスして頂いて、そこからは急に変わりましたね。加瀬さんのおかげだなと思いますね。

堀川:P.A.本社のアニメーターが吉原(正行)と話をする機会を設けたんですけど、彼等が必要なことのほとんどは技術論ではなくて精神的なアドバイスなんですよね。

河野:ここでこう云う線を引きなさい、じゃあないでしょうね、やっぱり。そのカットのその1枚に関してはそうかもしれないですけれど、その人が仕事をしていく上で何か必要になってくるものは、そう云う精神論じゃないですかね。

堀川:それはその人に合わせた答えなんですかね?

河野:うーん、加瀬さんが忙しい作業の合間を縫って、その時の俺の状態を分析してサジェスチョンしてくれたかは判りませんけど・・・。たまたまそれが響いたのかもしれないですね、自分の心に。

堀川:今一番の問題はそう云うコミュニケーションが取れていないことだと思うんですよ、特に精神的な面でのアドバイス。

河野:それはやっぱり原画にメモを書くだけでは難しいでしょうね。

堀川:後輩に語ってやれる場所が無いじゃないですか。それを語ってやれる親分肌の原画マンも減りましたよね。演出がそうしてやるべきところも非常にあると思うんですよね。若い原画マンを集めて。

河野:ああ、それは確かにそうですよね、演出が語ってやるのが一番だとは思いますよね。

堀川:吉原も、原画をボチボチ始めたP.Aのアニメーターに対して、君らの仕事はどう云うことで喜ばれるかを語ってやりたいと云う話をしていたんです。残念ながらそう云う話を聞いて最初から『あ、そう云うことか!』、と気付ける人間はほとんどいないと思うので、僕は記録して残すようにしているんです。アニメーションの技術書に精神論は載っていないですからね。いつかその言葉が本当に必要になる時のために残しておいてやろうかなと。

河野:そうですね。

堀川:何に喜びを感じるかとか、どうやって自分で苦痛なところを乗り越えるかって云うのは技術では無いなぁと。

*1加瀬政広:アニメーター・『ミスター味っ子』キャラクターデザイン

「新浜砂漠の空」

河野:まぁ、若い男の子のアニメーターだったら、美少女が好きだったりメカが好きだったりってありますよね? そう云うところを取っ掛かりにするのがやっぱり必要だとは思いますね。積極的にちょっとそのナントカチャンのカット描かせろ! みたいな、そこの爆撃のカットやらせろ! とかね、そう云うのを取っ掛かりにするのがいいと思いますね。

堀川:まず好きなものを描かせてそこから伸びる。

河野:最初から嫌なものばかり描いていてもね、嫌なものって普段から観察もしていないからまた描けないし、描きたくもないし、そうすると嫌になってくるって云う不能スパイラルに陥るって云うこともあるかもしれないので。

堀川:難しいんだよなぁ。フリーになると嫌なものは仕事として取らないから、何でも一通り描くのはフリーになる前だと思っているのね。

河野:ええ。

堀川:でも、関口(可奈味)さんも以前そんな話をしていたなぁ、たぶん嫌なものばかり描いていたら潰れちゃうって。そのさじ加減は難しいなぁ。

河野:動画の時には嫌なモノも散々描きましたけどね。原画になってからも別に描きたいものばかりを描いていたわけではなくて毎回テーマを決めてやっていたので。

堀川:へぇー。

河野:今から思うと良くやってたなと思うのが、1話あたり70カットくらい取ってやっていたんですよね。70カット取ると絶対にいろんな内容が入ってきますよね? だからメインはこう云うシーンなんだけど、5、6カットはこんなのも入っていますとか、そんな感じでちょっとずつ混ぜていけば、それもやっているうちに上手くなっていくんじゃないかなぁ。

堀川:1ヶ月で70カットですか?

河野:大体1ヶ月。

堀川:すごいなぁ。70カットを1ヶ月か・・・

河野:でもね、70って云うと、えーっそんなにって、まぁ、今自分でも70って言われると、ああ良くやっているなと思うんですけれど、70やったら今の普通のTVシリーズアニメだったら、止め口パク(*1)のカットもそれなりに入ってきますよね? だからトータルで20カットずつ3作品掛け持ちするより1作品70カットの方が俺は楽だったんですよ。

堀川:そうですね。70カットなら1日レイアウトで10カットは上げないといけないですよね?

河野:えーと、レイアウトは最盛期は一昼夜で15くらいは、いやそれくらいのペースでやらないと上がらないですからね。

堀川:(笑)はぁ。でもそれくらいを無理やりにでもやることで、ペース配分を体感して欲しいなと思っているんですけれど。少ないカット数だと必要以上に描き込んだりとかね、最低限クリアしなければいけない部分が何かって云うのが見えてこないと思うので

河野:あと楽しんで描いていないとそんな数は上がらないでしょうね。

堀川:なるほどぉ! 攻殻ではなかなかそう云う原画マンにはお目にかかれなかったですね。

河野:攻殻は(笑)、確かに・・・

堀川:新人がやっとの思いで上げても、求められるクオリティーに到達していなければレイアウトも全修正で戻ってくる。それが滅入ったと云うことですが。

河野:攻殻もね、舞台があんな新浜市では無く砂漠が舞台だったら(笑)、背景は空で、ここにモトコが乗っていますみたいなレイアウト量産で楽だったのかもしれないですけど。

堀川:(笑)橘君は、攻殻は作品の求めるクオリティーありきで作ったと。そう云う部分はありますよね。

*1止め口パク:芝居に動きが無くキャラクターのセリフのみのカット内容

「追い詰められた状況下で」

堀川:もう1つ、演出は指揮官であると云うことに絡んでくるんですけど、たとえばBパートはもう先が見えているとは思いますが今後のことで。

河野:はい。

堀川:これからDパート後半の打ち合わせに入りますけど、いよいよスケジュールが逼迫して、今までのようにスケジュールを確保できなくなってくるものに対して、演出が作品全体を俯瞰視して、最善策を決断して先手を打たなければならないことが出てくるじゃないですか? 制作が新人である場合には特に経験的に先を読むことができないので、そこが演出の、作品をソフトランディングさせる任務と云うんですかね、なんだろうな、演出と他のセクションとの違いは、そう云う状況になったときにいろいろなところで火を噴き出す現場を目的地に向かってリードしていかなければならない。最善の方法を模索して、スタッフを説得して作り上げなければならないって云う、どちらかと言えば制作的な職務も担っていくポジションでもあると思うんです、特に監督は。作品を完成に導く指揮官と云う立場で現場を見るときに考えていることはありますか?

河野:そうですねぇ、2nd GIGシリーズ終盤の、特に49話から52話までの怒涛の流れがあったと思うんですけど、あれで俺が担当した49話もスケジュールが無くてどうしても息切れする部分が何箇所か出たんですよ。息切れした部分ではやっぱり神山さんにお叱りを受けましたね。スケジュールが逼迫して誰しも後ろから追い立てられるとそれが凄く気になってしまって、ゆったりとした状態なら何かミスっていることに気付けることまでも気付けなくなるって云うことが起こるんですよね。その追い詰められた状況下で、如何に息切れを起こさずに、より高い位置にランディングするかに対しては、それだけ追い詰められた状況下でなんとかするには、1つには演出がチェック作業をしているときに、まず第一にパニックに陥らないことですよね。周りからいろんな情報が入ってくると思うんですよ、制作から「制作状況こうです」とか、「3Dの状況が今こうです」とか。その状況報告は次々に、しかも痛い状況報告がいっぱい入ってくると思うんですけれども、いかにパニックに陥らずに、言ってしまえば、現場がものすごくヒートアップしている中で一人醒めていられることが必要なのかも知れないです。周りがえらく忙しそうにしているのに「お前、なに一人そこで酒食らっとるねん!」、みたいな意味じゃなくて。『ゾイド』をやっていたときなんかもうそう云う修羅場の連続だったんですよ。大松裕(*1)氏と何回か組んでいたんですけど、今でこそ彼はあれくらいの人物になっていますけど、当時は泡くうところがあったんですよね。俺自身と大松氏の抜けているポイントが結構重なっていて(笑)。

堀川:(笑)

河野:だから、V編(*2)になって「オイ!!」って云うこともあって、俺も焦ってV編のときに自分で動画を描いているみたいな(笑)

堀川:ガーッ!!?? 

河野:何かね、制作と演出が両方そろって浮き足立ったらもう駄目だって云うのはその時に思ったんですよ。そう云うときには、あえて俺は深呼吸しながら『どうするかなぁ』って、浮き足立ち気味な現場の中で、バビュンバビュン砲弾が炸裂する中でタバコを一服吸うくらいの落ち着きがいるんだろうと思いますけど。でも実際にバビュンバビュン周りでもう爆発していたら・・・。でも、だからと言って「うーん、もうこれで行きましょう」って流したら、やっぱり後で後悔することになるんですよね。物量を捌く物理的な限界があって、申し訳ないですけれど人間物理的限界があるのはしょうがないけれども、その中でも精神的な限界って云うんですかね、これ、冷静に演技してたら安藤美姫も4回転回れたのに、ちょっと浮き足立ったせいで失敗しましたみたいなのってやっぱりありますよね。

*1大松裕:「BLOOD+」ラインプロデューサー
*2 V編:ビデオ編集 映像と音響作業の完成した素材を納品フォーマットに合わせて編集する工程。

「ダメージコントロール」

河野:ミキティーに6回転跳べっていうのは無理じゃないですか、でも落ち着いて跳べば4回転あるいは3回転半は跳べるんじゃないか。チェックしている目の前にカットが山積みになっていて、もう計算したら10分に1カットチェックしないと間に合わない、それなのに、既にこのカットを持って3時間経っている(笑)ことってよくあるんですよね。その時に、ここの処理をどうしようって云う判断を冷静にできるかどうかは俺のこれからの課題だと思います。クオリティーコントロールすると同時にダメージコントロールって云うものも意識していかないとランディングは難しいなと思いますね。

堀川:今TVシリーズでよくある状況はどちらかと云うと、そこら中が火を噴いてアタフタしていなきゃいけない状況なのに臨界点をはるかに超えて放棄されていて、極々少数の人間が火消し役になっている。それが演出と撮影だったり。

河野:そうですねぇ。

堀川:「えっ? 俺が8回転跳ぶの?」「他に誰が?」と。

河野:俺もDパートを今から一人で処理しろって言われたら、えーっ!!って感じですねぇ・・・。

堀川:(笑)パニックに陥るのは、まずシミュレーションが出来ていないと思うんですよ。物理的な限界はあるので優先順位をつけて1つずつ潰していくしかないんです。何から手をつけて、それを処理するにはどれくらいかかるか割り出せていない状態で「これもやらなきゃ、あれもやらなきゃ」って気持ちだけが焦っている。もしそれで、何ができないことかがはっきり分かったら、抱え込んで自爆する前に言ってくれた方がいいんです。演出もそう云うことが必要だと思うんですよ。その情報を制作と常に共有しておいて、「じゃあ、俺は今何を優先してやればいいの?」って現場を俯瞰視して最善策を立てていけばいいと思うんです。地力の無い現場なら、プロデューサー的決断が出来る監督でないと現場を背負うことができないと思うし、演出も制作的な判断を求められるセクションだと思っているので、そう云う部分を演出チームで養っていく訓練が必要です。あまり無いですけどね。大変な状況の現場でこそ、演出を中心にスタッフミーティングを組んで指示を出していけばいいと思うんですよ。そう云う大変なときこそどんどん巻き込んでスタッフの士気を上げていかないと、自分が背負い込むものはどんどん大きくなるし、情報を共有してコンセンサスを取っていかないと怪我人も多く出る。各パートでもやるべきですよ。じゃないと多分各セクションがどれくらい全力で対処していかなきゃいけない状況かって云う危機感が末端まで伝わらないんですよね。せめて、火種をどこから潰すべきかを週に1度20分でも話し合えばいいと思います。それだけで全然違うと思う。演出と作監、手描きと3Dの曖昧な仕事の領域も、ちょっと話をする機会を持つだけで、協調性を持って戦略から最善の戦術を導き出せるものですよ。今は同じ現場で作業をする環境を用意したとしても、やはり対話は少なくなってきていると思いますね。それでは個々の集合体から相乗効果を生み出せない。スタッフからのアプローチを待っているのではなく、指揮官である演出から積極的に対話の機会を作る。神山監督が週一回のミーティングで語っているように。

河野:もうちょっと文字通りにリーダーシップを取れないといけないと云うことですよね。

堀川:それも訓練と慣れだと思うんですよ。とりあえず集まりましょうから始めてもね、そこからいっしょに作っていく人間を見つけていくことでしょうね。

「一枚のデッサン画」

堀川:河野さんが毎回テーマを決めていると云うのはすばらしいことだと思いますが、今回のSSSに関して、監督に「こう云うつもりで作っています」と云うものはありますか?

河野:そうですね、今回はみんなで作ろうと云う意識を自分に持とうと云うのと、二つ目に、それは決起集会の後で思ったことで、最終的にフィルムで見たときには差は出ないのかもしれないですけれども、作るプロセスでの自分の意識で今回試みようと思ったのが、一枚のデッサン画を描くような意識で作ってみようかなと。それがどうフィルムに反映されてくるのかは分からないですけど。何て言うんですかね、シリーズで量産するときには一つの制作態勢があって、そこに如何に的確な指示を出すか。それがこの制作プロセスを経てガッと上がってくるって云うような印象があったんですよ。それが何となくね、俺はコマンドとコンピューターの演算装置みたいなイメージがあったので、せめて俺の頭の中だけでももっと、すごくアナログなデッサンを描くような感覚を意識して演出したいと云うのはあります。自分でもそれがどうなるかはまだ分からないですけど、いつもと少しだけ違う思考法でやってみようかなと云うつもりで。

堀川:ロジックではなく自分の感覚の部分を引き出すということですか?

河野:何て言うんですかね、堀川さんとか制作の方には怒られるかもしれないんですけど、例えば作打ちでね、アニメーターさんと打ち合わせをして、それをそのまま最後まで押し通すんじゃなくて、「あ、こう云う芝居上がってきたぞ」とか、「この流れで言ったらやっぱりこうじゃなくてこっちかな」とか、それは当たり前に出てくることなんですけれども、そう云うのにも柔軟に対処していける思考で行こうと云うのがあります。デッサンがガーッとある程度進んだところで、パーンと紙を指で弾くとパーッと余分な粉が落ちるんですよね。そうすると、そこから見えてくるんですよ、また。ガーッとやっているだけだと、何かもうグチャグチャしてくる部分があって、そう云う部分をパツン(指で弾く)とやって、あ、じゃあまたもう一回ちょっとこの辺を強調してみようとか、全体の見方として、そう云う見方で演出できないかなと思ってやっているところなんですよ。作画の他にも3Dとか色とか、いろんな要素がいっぱい入るとは思うんですけれども、そう云ういろんな要素を組み立てていくプロセスの思考法として。あと、今の9スタの場合は兵站が弱い気がするので、Dパートはまず自分がリードするつもりで頑張ります。

「攻殻のクオリティーを生み出しているもの」

堀川:スタッフに対してはどうですか?

河野:スタッフに対してはもう(笑)、感謝の一言です。ご迷惑ばかりかけているので

堀川:(笑)、それは「信頼される指揮官」を目指す演出の言葉としてどうかな。

河野:いや、もう、スタッフには本当に、タチコマ日誌にも書いたんですけれど、攻殻の現場では何故プラスアルファが望めるのか、これはモロにスタッフの志の差ですよ。

堀川:それをTVシリーズから作り上げてこられたのは、アニメーターを除いてわりと安定したスタッフでノウハウを蓄積してきたって云うのが大きいですよね。

河野:だからそれもあって、自分一人で作っているんじゃないって云うのを痛感したんですよ。俺が一人でしゃかりきになっても、これだけレイアウトも直して芝居も直してやりました、そのおかげで出来たんじゃ無いと云うことを痛感したんですよね。だから、このスタッフが一人ひとり頑張って出来ているんだなって云うのを実感したんですよ。攻殻の現場って、ここまで求められているとしたら、これくらいでいいかではなくて、もうちょっとここまでやってみようよみたいなスタッフが多いから、それの差って積み重なるとものすごく大きいじゃないですか。その志の部分がこの攻殻のクオリティーを生み出しているんだなって云うのをはっきり確認しました。だからそう云うスタッフにはやっぱり感謝していますし、いっしょにがんばっていきましょうと。でもこれから状況が大変になってくるとは思うんですけれども、何か変な妥協とか迎合はせずに作っていけたらなと思います。

堀川:ファンに対してはどうでしょう。

河野:ファンに対しては、俺は演出なので監督や脚本家のみなさんがまず用意されたドラマの、最上の素材を我々は託された料理人だと思うんですよね。その最上の素材をお客さんに満足してもらえるような状態を目指して頑張っていますので90分堪能してください、素材はもう間違いありませんと。
堀川:分かりました。Bパートをうまく着地させて、これからDパートは総力戦になると思いますので心の準備をしておいてください。今日はありがとうございました。

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