P.A.Press
2003.11.12

第1回 神山健治「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 監督 過激なインタビュー」

あそこに集まれば面白いことができそうだ

―多くのプロダクションが業務の外注化を進める流れに逆行して、I.Gは演出、作画の制作会社から、仕上、背景、撮影、3D、ゲームプログラマーと社内一貫制作体制を着々と整えてきた。監督の現場がそこにはある。神山さんはこの環境をどう感じているのか、また9スタは「攻殻機動隊」の制作を通してどんなスタジオを目指したのか聞いてみました。

神山:「先ほどの話とある種逆行はするんだけど、I.Gは綺麗な会社だと思うんですよ。80年代後半にはタコ部屋のようなスタジオってあったじゃないですか。そういうところから生まれてきた熱気みたいなものとは真逆で、プロダクションI.Gに所属していること自体たぶんみんな誇りに思えると思うしね、スタジオは綺麗だし、安定して供給される仕事もある。たまには外の物をやってみたい、と言い出す者も出るほど贅沢なスタジオだと思うんですよ。その中で理想を言えば、アニメーターや演出がね、何かしでかしちゃえっていうか、9スタではそういうことができそうだと思えそうなスタジオにはしようと思ったね。

26回打席があります

神山:9スタの制作スタッフは恵まれていたと思うよ。I.Gは今まで劇場など制作スパンの長い作品が多くて、制作が現場の山場を何回も体験する機会がなかったじゃないですか。でも9スタは、何回も山場を経験できるスタジオになった。劇場作品はワンチャンスでホームランを打って見せなきゃいけないけど、今回は26回打席があります、というふうに説明した。9スタ自体I.Gの中では若いスタジオだし、山場を26回新鮮味を持って体験できる。それが醍醐味だなとも、今回初めてテレビシリーズをやってみて思った。でも、昔からI.Gの作品はハードルが高そうだとか、難しそうなタイトルだとかとかさ、そういった負のイメージも、制作現場の意図ではないのに外部には伝わっていることも多かったようだね。

攻殻という作品にはならなかったと

神山:あそこに集まれば面白いことが出来そうだ、っていうところまではまだまだたどり着いてはいない。だけどね、いい現場にはしようと思ったけど、好きにやっていいという条件のもとに皆さん来て下さい、という現場を目指したわけでもないからね。俺も頑張っちゃったから、クリエーターの暴れたいという思いを凌駕するだけの条件を出していったからね、そんなには暴れられなかったと思うんですよ。それをやったら違った勢いは出たかもしれないけど、それをやってしまった場合には攻殻という作品にはならなかったと思うんですよ。まあ、少なくとも、俺はいい結果を生まないと思ったからこうしました。

証拠さえありゃあいいよ

―攻殻機動隊を制作し始めたころ、このフィルムクオリティーを「標準」として作り上げるだけの基礎体力が会社には必要だと思いました。これくらいで喘いでいるようでは、アニメーションの斬新な表現など望めないでしょうからね。ところが制作現場の現実は、その力量のアニメーターを揃えるのに非常に苦戦を強いられています。攻殻というタイトルを聞いただけで敬遠されることも多い。受け取る原画の質も、スピードも、要求に到達しているものは少ない。監督から求められているであろう基準に、あたりまえのように応えられないもどかしさがあります。これは今のアニメーション業界全体に言えることなのか、一時期の作画の「暴走」の反動から、現場が暫く大変なものを避けてきたことで、若いアニメーターの馬力が低下してしまったということなのか。神山監督がクリエーターに求めたクオリティーと力量の現状について聞いてみました。

やろうとしたっていう証拠があればそれでいいよ

神山:途中から意識を切り替えたのは、「レベルの高いもの」をやろうとしたと云う証拠があればいい、という言い方をしたのね。それに届いていなくても、これこれこういったものを作ろうとしたんだ、と。今の力ではそこに及ばないけど、こういうものをやろうとしたよって云う証拠があればそれでいいよ、と言ってたのね。ただ、それは妥協ではなくて、いま貸しているから後で上手くなって返してくれよ、というかね、それが楽しさに繋がってくれよって云う俺からのメッセージではあったんだけど、その意識がどこまで届いていたかは何とも言えないよ。
確かに大変だと思うんですよ。自分自身相当骨身を削って作りましたからね。それに付き合うのは大変って云うのは当然あるんだろうけど、要求したこと自体はそんなにメチャメチャ大変なことを言っているわけではなく、すごくあたりまえのことだと思うんですよ。ただ、攻殻というタイトルに先入観みたいなものはどうしてもあったと思うし、自分で縛りを決めちゃうって云うか、タイトルの重さに相撲を取る前から負けて降りた人も初期段階ではいっぱいいます。「これは僕には無理ですよ」と、まー、それは断りの常套句だった人もいるでしょうけどね。でも、そこで一生が終わるんだったらしょうがないけど、まだまだこれで食っていこうって人がね、もう、これ、大変ですよって云うんじゃ困っちゃうなって思ってね、やろうとした証拠さえありゃあいいよって俺は思ってたよね。で、その次の作品ではね、前の作品よりもここは良くなっている、とかさ、自分でもそれを見つけてくれればいいなと思っていたんだ。
ただ一つ心配なのは、業界自体が歳をとってるなーって感じがするんだよね。すごく。なんかね、いっときよりもみんな疲れちゃってる。そういう印象は受けちゃったんですよ、やってみるとね。

人力が資源だとするならば

―クリエーターが疲弊しつつある業界について

おっかないオッサンが見当たらなくなった

神山:楽な方法を提示することでスタッフを繋ぎ止めるというよりは、意識を改革する為にある程度強制していかなければいけない部分もあると思うね。こういうことを言うと嫌われるかもしれないけど、その嫌われ役にならざるを得ない部分もやっぱりあるのかもしれない、そう感じるんですよ。でもそれを逃げてきた。おっかないオッサンが業界に見当たらなくなったっていうのは、それを放棄してたんじゃないかって気がするのね。まーね、おっかないオッサンがいた方がいいとか、そう云うことだけじゃないんだけどね、僕らも上が空洞でさ、宮崎(駿)さんや富野(由悠季)さんにさえ近づかなければ、好き勝手にやれた(笑)、その良さも充分あったんだけどさ、んー・・・人力が資源だとするならば、それも枯渇するんだよって云うことだね。井上(俊之)さんを、なんとか説得して(I.Gでアニメーターを対象に)井上塾ってのを始めたのも、そういう人力みたいなものを、少しでも増やしていきたいと云う思いがあったから。

堀川:最近は作品数に対してアニメーター不足、圧倒的なアニメーターの売り手市場でしょ。しかも社員ではなくフリーのアニメーターにうるさいことを強要しても、今は人がついてこないっていうのが現状じゃないかな

厳しい人に教わったことは掛値無しに使えるんですよ

神山:うーん、たぶんね。そうしたら作品はできなくなりますね。でも、口あたりの良いことばかりを言うのが正義ではないということが監督をやってみて判ったよ。若いころに強制的に教わったことって掛値無しに使えるんですよ。理屈抜きで。押井(守)さんがよく鳥海(永行)さんの話を持ち出すでしょ、裏打ちが必要なときにそういう厳しい人に教わったことは掛値無しに使えるんですよ。僕は演出に関しては本当に独学でここまで来ちゃったので正直苦労しました。自分の経験論では物を話せるけど、相手を説得する材料としてそれが有効でない場合が当然あるから。ただ、やっぱりうるさいオッサンに強要されたことっていうのは、あとでタダで使えるんだよと、自分ではそういうメリットはあったのね。だから俺、そういう人たちに後ですごく感謝したもん。

堀川:I.Gの1スタ、2スタの原画のメンバーは、ずっと頭からローテーションで参加してるよね。若手の力はついてきたのかな?

神山:全然変わりましたよね。それは僕にとって一番嬉しいことではあるよね。明らかに伸びたなーって人がいるもん。やっぱり最初は(タイトルに)抵抗があったと思うんですよ。だけど、初めてI.Gらしい作品にメインで参加することになって、これだけやり終えてみてね、自分でも手応えがあるんじゃないかと思うよ。ただ欲を言えば、もっと彼らに手ごたえを感じさせられたんじゃなかろうか、とも思うんだよ。具体的な手応えをね。それが、何故感じさせられなかったのかはわかっているんだけど・・・。まあ、スタジオごとの事情によるコミュニケーション不足とか、いろいろあってさ。それでも、地上波が放映されたらもう少しはあるのかもね。

この柱は僕が造りました!

―攻殻機動隊はシリーズ構成とシナリオにスポットを当てた評価をよく耳にします。アニメーションではちょっと珍しいことです。実は私もP.A.WORKSで制作を引き受ける前に、まずシリーズ構成とシナリオをもらってペラペラと読み始めたのですが、いやいや、これはいかん、と、正座して読み直しました。本当ですよ。のっけからライター陣の意気込みにガツンとやられてしまったわけです。これは短時間で自分の小さな引き出しを掻き回して、小手先で書かれたものではないな。引き締めて読まなきゃ、とね。長年携わっていても、そういった興奮に巡り合う機会は少ないので、やらせてくださいと言いました。それは余談として、今回のライター陣は、外部のシナリオに対する反応にどんな手応えを感じているのかを神山監督に聞いてみました。答えは意外なものでした。

みんな寝て起きたらキムタクになっていたいんだ

神山:うん、シナリオに関しては、ある程度評価が出てきて、実力以上の力が出た者もいるんじゃない。だけど正直こちらで直していることの方が圧倒的に多いけどね。ライターに関しては強制的にスターにしようとしたわけで・・・。でも残念ながら、線が細いというか、何というか・・・。あと、今おっかないのはネットですぐ反応がくるから。良い面もあるよ、ダイレクトに褒め言葉がくる。でも惨い情報もくるわけじゃない。そしたら、どうしたってへこまないほうがおかしいよ、確かに。だけど、とにかく俺は全然へこまなかったの。相当ひどいことも書かれたけどさ、これは強がりじゃなく、何て言ったらいいんだろうな・・・自負があったから。最後まで見てもらえれば、たぶんこの人達の意見も変わっちゃうはずだとか、見る人が見てくれれば届く、とかね。あとは、地球上の人が全員ノーと言っても俺はやりきった(笑)!とかね。
だけど、へこんじゃった人もいるわけです。自負心はないんだけど、自尊心が強い。プライドが高いんだよ。

堀川:みんな巧くなる前に偉くなっちゃうんだね

神山:そういうことです。自分のままでキムタクになりたいって(笑)。それは無理だよってよく言うんだけど、みんな寝て起きたらキムタクになっていたいんだろうけど、それは無理。俺は元ジャイアンツの川相でいいじゃん!と思うわけ。始めはバイプレイヤーでいい。川相は20年間バント一筋で世界一になった、そういう形もあるんだよ。ただ、その喜びを教えることは不可能だよね、実をいうと。これ、どんどん希望の無い方向へ話が行くけど(大笑)。

僕は新たな攻殻ファンを150,000人獲得したんだ

神山:監督やって思ったのは、そういう人達に対して強要していくことを、責任と自信をもってやっていくしかないってことです。これはシンドイよ。友達はいなくなる、飯食いに行く奴はいなくなる、遠くで喜ばれても近くで恨まれるっていうね。シンドイなって云うのは正直ありますけど、でもある程度結果は出せたと思うんですよ。俺は新たな攻殻ファンを150,000人獲得したんだっていう自負はあるよ。それが延いては、最初は強要されることに頭にきたかもしれない人達も、将来I.Gビルが建った時に、この柱は僕が造りました!と言える。「定礎」ってところに(笑)名前が載るんだよ!って言い続けたわけです。ここに載るんだよ!と。それは獲得したと思うもん。それで喜んでくれる人もできたからいいかなって。シンドイ分は、そのかわり監督をやれたっていうメリットと等価値みたいなものと思うしかないよね。

闘う価値はある

堀川:監督はやめられないなーっていうものもある?

神山:あるよね。これは監督にしかできないっていう部分を見ちゃうから。技術的なこともあるし、そうじゃない部分、ようするに、作品で獲得していく部分だね。結果、作品が獲得するものにおいて、監督以外為し得ないというものを見たから。だから監督をやめられなくなるんだと思うよ。ただ、それを得る当価値として、やらなきゃいけない義務が如何に大きいかっていうことも解ったよ。それが果たせないようだったらあんまり勧めない。けど、闘う価値はある、とは思ったな。

堀川:神山さんが強要したことに、みんなついて来ると思うんですよ。結局はその人が何を言うかじゃなくて、何をしてきたかをみんな見てるからさ。こういうの作りたいなー、じゃなくて、例えば企画もずっと出し続けてきた。簡単なようで真似できない継続した行動を起してきたでしょ? 自分にかなり負荷をかけてなきゃならないような努力を継続している人だから、それを知っている人なら、強要されても、この人の言うことならついて行こうかなって思うんじゃないかな。そういう器だから。

神山:そうだといいんだけどね(笑)。

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