P.A.Press
2003.11.12

第1回 神山健治「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 監督 過激なインタビュー」

だけど船倉に穴は開いているんだよ

堀川:「僕らの世代」の話をしたいんだけどね、僕らアニメーションを観て育った世代は、過去アニメーション業界の地位を向上してきた先輩達の恩恵に与ってきたんだけども、だけど(業界の)将来はそんなに明るいものじゃないぞって云うのは―そう云う危機感だけは持っていると。このアニメーション業界だけに絞ってね、僕らの世代は10年後、20年後の業界に何を残せるかを考えることが僕がこの仕事をやっていく上で一つのテーマでもあるの。過去の先輩達が僕らの為に何か残そうとしたとは思えないけど(笑)

神山:あー、思えないね。僕らを消費してでも自分達のやりたいことを通そうとした人達はいるけどね(笑)

堀川:それが、たまたま今アニメーション業界がこんなに注目されている。現場とは温度差があるけど社会的にね。昔アニメーターの職業が社会的にどれくらい認知されていたかに比べれば、僕らの職業は先輩達が築いてきた功績によってある程度社会的支持を得る、まではいかないけど。

神山:うん、まあ、ラッキーはくれたよね。この業界に就職するって言った時にね、僕らの両親には2年くらい人生勉強のつもりでやらせればそのうち田舎に帰ってくるだろう、と思われていた商売ですよ。一生続けられる商売ではないと言われていたわけじゃないですか。それがこの歳まで続けられているどころか、海外でそれが売れて、社会的にまで認知されるようなものが出来てきたわけじゃないですか、運良くね。たまたま、沈没船だと思ってたら宝島に着く船だった―のかもしれない、じゃない? 宝の地図はあったんだよ、船に。だけど船倉に穴はあいているんだよ(笑)。どう考えてもさあ、乗り合わせたこの船は! だから、人的資源もそう、宝島に着くのが早いのか、沈没するのが早いのかっていう業界だと思うんですよ。

到達目標は持つべきだと思うんだよね

ビデオデッキがあればいっていう世代

神山:ビデオデッキがあればいいっていう世代だったと思うんですよ。俺、最初に住んだアパートの家賃は1万なんぼでした。とりあえずクーラーは諦めよう。でも、仕事と趣味、両方にいかせるビデオデッキがあればあとはいい。欲を言えば2台あればいいといった世代だった。金も無い、名誉も無い、でも好きなことをやっている以上何かを手に入れたい。じゃあ、作品を好きにやってやろう。それが最大のモチベーションでここまで来た世代だと思うんだよ。けれど、今の子は、携帯、DVD、パソコンは必需品だし、住居はワンルーム冷暖房完備があたりまえの世代。生活がどんどん向上してるから、新人だからこれだけでいいんだ、というわけにもいかなくなってきたと思うんです。俺たちも歳をとってくるし、家庭を持っている人間も増えてきた。ビデオデッキだけの暮らしでいいって人はもういないと思うんですよ。作品で何かしでかせればいいというモチベーションだけでは無理だよね。やっぱり業界全体が富んでいく必要はあると思う。当然(作品は)ヒットしなきゃいけないし、ヒットの無い業界にさ、人は来ないし、その業界自体が生き残れる訳が無いんですよ。そうすると、そこで指揮官的な立場に立った人間は、やるからにはやっぱり何らかの到達目標は持つべきだと思うんだよね。そのくらいの気概は欲しいよ。少なくとも俺はそう思っている。

観たいものを作るんだって云うのが最終目標では困るんだ

神山:「僕が観たい作品を作りたい」、それがモチベーションだった時代はもう終わったよ。それが到達目標だっていうのはもうやめよう、と云うのは僕がここのところずっと抱いていることですね。それは担当する演出にも、たぶん強要していく。「この話数は俺にくれ。好きにやらせてくれ」って云うだけでは認めない。各話数でその回の本質部分を見つけていくことは許そう。けれど、これは全体の中の一つでもあるって云うことね。個人主義だけで物事が前進する時代じゃないよ、と思っている。だから、それからさらに一歩踏み出そう。到達目標がそこで何かは、人それぞれだと思うんですよ。何万本売りたいとか、賞取りたいとかね―そういうことを急に言っちゃうと高いハードルだと思うけど、それを言うのも良しだと思うんですよ。もちろん原画を描いてくれる人とか、一スタッフにはそれは無理だと思うの。でも、そういう人達にも何らかの恩恵が行き届く為には、指揮官たる人間が、俺の見たいものを作るんだっていうのが最終目標では困るんだって云うことなんですね。これだけは強く思っている。できれば同世代の人達なのか、後から追いかけてくる人達なのか、わかんないけど、そういう人達には、そういう意識があって欲しいな、というか、そう云うものなのかなー、と、思ってもらえるような仕事はしたいよね、俺は。

虚無僧なのかよお前は!

「自分の観たい物を作るんだ」=「息をする」or「糞をする」

神山:これは演出テクニックの話でもあるんだけど、『観客をどんな目にあわせたいか?』これ、当たり前のことなんですよ。観客を泣かせたいんだと決めたら、その脚本が、絵コンテが、それが泣くように出来ていなかったらそれはゼニ貰えないんです。これもずっと言い続けてきた。でも妥協しちゃうんだよね。「いやいやいやいや、泣かすほどではないんですが、笑わすほどではないんです」ってそれは何処なんだよ、落としどころはさあ! そんな物じゃないんだ。鍋作るんだったら、最低でも水は漏れねぇとか、車だったら最低10万キロは走れよ、とか、当たり前なんです、それ。でも、工業製品作ってるわけじゃないから、そんな風に括れないのは当然なんだけど、言うか言わないかは別として、クリエーターとして最低の到達目標は持って欲しい。しかも、「自分の観たい物を作るんだ」って云うのは、人間が「息をする」「糞をする」と同義語、当たり前。むしろ、俺の観たくない物すら作ってヒットさせている人もいるんだよ。今までは金は儲からないし、名誉も無いから俺の好きなことをやるんだって云うのが一応許されていたし、モチベーションになっていた時代だと思うけど、残念だけど、それは終わりました。チャンスを貰った代わりにその時代は終わったんだ、そろそろみんな意識を変えようよ、って云う風に俺は思うよ。

堀川:意識を変えて―その後もあまりお金もありそうも無いし・・・

神山:いや! 違いますよ。じゃあ、これでもいいの。「この作品に携わった人は金持ちになれる」って云うのもモチベーションなんですよ。でね、特にこういう商売をやる人は、すごくそれに対して「汚いこと」って云う意識が強いんですよ。やはりI.Gでも。「当たっちゃだめだけど、良い作品は作んなきゃいけない」みたいなね(笑)。虚無僧なのかよお前は!って云うかさ、どんな修行僧なんだよ! そう云うところが何処かあるでしょう? メジャーになっちゃった作品はもう高尚ではない、とかね。そう云うことじゃないよ。

パリーグがそうであるように

全部一律に均そうっていうのは、これは悪なんです。

堀川:全てのスタッフが金銭的に裕福になれるわけじゃないよね。ヒットに直結するクリエイティブワークとラインとの線引きができるじゃない? ヒットに貢献した付加価値の判定が難しい微妙なセクションはあるよね。で、還元を授かった側と線引きされた側に分かれるでしょ。アニメーション業界のクリエーターって、ビジネスや利益還元の仕組みに興味が無いとか、「作品作ることには邪念」と思いたい人が多いから、搾取されたっていう気持ちを持っちゃうんじゃないかと思うよね。

神山:それはもう難しいんだけど、平等こそ不平等なんだと。社会主義、共産主義が理想郷だった時代もあったかもしれないけど結果的に崩壊したでしょ。日本は今社会主義が奇跡的に(資本主義と)平衡しているような時代ですよ。一億総中流が、偶然そうこれ、あくまでも偶然ね、だけど、それすら今崩壊しようとしているんです。平等は不平等だってことにみんな気づいちゃったと思うんですよ。そうは言っても、ある程度は平等にしなきゃいけない部分もあるわけです。でも、全部一律に均そうっていうのは、これは悪なんです。それは理解して、さらに自由競争はそこに存在するんだという状況は提示した上で、その可能性は残しつつ「上に行きますよ」って云うね、次の目標を掲げる立場にいる人は掲げなきゃいけないんです。これは義務なんです。

これはやっぱり自由競争なんだ

神山:俺、アニメーションをよく野球で語るんだけど、自動車メーカーよりは野球の方がアニメーションの現場を語る上で似てるから。スケールはゼロが3つくらい違うけど。年俸はゼロが3つ違っちゃってるけど。

堀川:(悲笑)2つ、かな―

神山:そう、じゃあ2つ違ってるけど、形としては似てるわけ。そこで一軍も二軍も給料が一緒ってことはありえないでしょう? だけど、自由競争は残されているわけですよ。活躍すれば高いゼニ貰えるんです。でも、ここがまた難しいところで、良い試合をしても客入んない場合だってあるわけ。パリーグがそうであるようにね。それはやっぱりジャイアンツに傾いている。作品もブランド化すればそこまでいくかもしれないけど。試合内容はセリーグより全然良かったとしても、客、入んないから、パリーグの選手はセリーグの平均年俸より低いっていうのはあるかも知れないよ。これはやっぱり自由競争なんですよ。

Jリーグみたいな結果になるかもよ

選手側も監督側も企業側も

神山:これは私見だけど、Jリーグバブルがアッという間に崩壊した理由の一つには、個人主義を謳い過ぎたということもあるとおもうんですよ。まだ市場がそこまで出来上がっていないにもかかわらず、Jリーガーが個人の要求を主張しすぎた。プロ野球機構の搾取構造をJリーグには導入しないようにしよう、これは良い考えだったと思うよ。でも肖像権から何から全てよこせ、給料もよこせ、経営努力は会社がしろと、これはやっぱりありえないよ。逆にチケットは選手が売っていたか?これも無いわけ。問題はあるけど、機構としては生き延びている野球の方が今のところは強かった。今後はわからないけどね、長嶋さんとかがね、お客さんが入ってこそのプロ野球であるってことを、20年かけて、東京ドームを満員にする努力を監督に返り咲いてから、少なくとも選手にも、スタッフにも、企業にもしたってことなんだとおもう。これは意識改革をしたわけ、明らかに。パリーグだってダイエーホークスなんかは本拠地を移動して福岡に行くことによって、満員になるようになったわけじゃないですか。あれもやっぱり企業努力と選手の努力だと思うんです。本社は破綻しちゃったけど。すごく残念なことに。

この作品を作って会社を閉めました

神山:ヒット作を連発させてすごく儲かったんだけど、結局潰れちゃう会社も現にあるじゃないですか。この作品を作って会社を閉めました、みたいなのもあったの。だから僕は、アニメーションの会社は自動車メーカーより野球に似ていると思うんだけど、あのー、その場その場の人達があまり自分を主張しすぎると、結果的にはあまり良いことはないんですよ。方針を提示する人間がそれを放棄したりとか、末端の人間の意識改革を怠ると、Jリーグみたいな結果になるかもしれない。Jリーグのいいところである、地域密着型の運営なんてものはアニメには無いわけだからね。

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