P.A.Press
2003.11.12

第1回 神山健治「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 監督 過激なインタビュー」

ゴールドラッシュ

あの時代をドロップアウトしていた自分

神山:新人類でやる気の無い世代だと言われたけれど、けっこうスポコンに励まされて育った世代でもある。80年代後半の消費世代、消費が正義であるって云うか、楽しくて何が悪いんだって云うあの時代には、やっぱりいろんな人のジャイロが狂ったんだと思うんだよね。俺はむしろ生きにくかったんですけどね・・・すごく。「ああ、70年代に20代を迎えていたら」って思ったくらいね。すごく思ったんだ。だけど、その時代はずっとは続かなかった。あの時代をドロップアウトしていたんだけど、あまり変わらずにこのまま来られたなぁって、運良く。そう思うんだよね。

しがみついちゃったんでね、ここに

神山:こい云う面白い話があるの。ディテールは忘れたんだけど、「金が出る」って言われてね、一攫千金を狙って大挙して押し寄せた何千の人がその山をガンガン掘ったと。だけど、何故か全く鉱脈が掘り当てられなくて、次から次へと人は去っていった。「金の鉱脈など無かったんだ」と・・・。最後に一人貧しい男がね、そこを立ち去ろうと、ふと見たら折れたツルハシが地面に突き刺さっていた。「まったくデマに踊らされて俺達はバカだったな」と思ったけど、その突き立てられたツルハシを見て、もうひと堀だけしてみようかな、と最後の男は思ったんだそうですよ。その折れたツルハシを持ってクスッとやったら金が出た。最後にたった一人にまでなって、残されたツルハシをもう一振りした。そのたった一振りで出たんですよ。諦めないってことがいかに重要かって云うそういうお話があってね、なるほどな、うーんいい話だなと。じゃあ、まあ、出るまで掘るかって云うかさ、やろうと思ったからにはやらなきゃ駄目だってことでもあるんだよね。まあ、しがみついちゃったんでね、ここに。そこで金が出るまで、砂金が出るまでやろうかなと。たぶんやめようぜって言う奴も出ちゃうんだけど、そいつらも如何に諦めさせないかって云うことですよね。

押井さんの真似してやりま~す

カット1も同じでいいよ

堀川:成功例のモデルがあれば、その人から手順を学ぶことは出来ますよね。

神山:真似をして、たぶん自分に合わない場合もあると思うんですよ。そしたら途中から軌道修正すればいいわけでね、また最初の話に戻るけど、新人の頃は師匠に言われたことは、これは真似するもんだったんですよ。疑う余地すらなかったわけ。でも段々その余地が出てくるんだよね。自我が形成されてくるから当然なんですよ。そのときに分かれればいいんです。いや、そうは言ってもこの人に付いていこうってこともあるかもしれない。

これも監督をやって初めて気付いたんだけど、攻殻は押井さんが作った、士郎さんの原作がある、ゲームのムービーもあると云った時に、当然最初は「全部リセットしてやろう」と思うわけ。「同じことはやらない」と思うわけ。でも、やらないぞって云うのは、やら、無い、んですよ。無いんです。だけど、「いいや。俺は押井さんの弟子だから、全く押井さんの真似してやりま~す」って言って、キャスティングもほぼ同じ、カット1も同じでいいよと。そしたら、押井さんの攻殻とは違うね、と言われたわけですよ。何故かと云うと、同じキャスティングだから違いが判ったわけですよ。もし全部リセットして俺が新たにしたキャスティングだったら、成功しても失敗しても押井さんとの違いは判らなかったんです。でも、押井さんと全く同じにしたから、「押井さんに比べて若いねぇ」とか、「押井さんよりエンターテインメント性があるよ」とか言って貰えたわけですよ。それは、この針がどっちに振れるかって云う、まず最初のシーンがあるからですよ。むしろ最初は人と同じことをやれ、とおもいましたね。

ありもしない自我を頑なに守る

慌てることは無いんだ。個性は死ぬことは無い

神山:これはね、いろんなインタビューで言っているんだけど、僕はずっと押井さんの影武者でいいって思うくらい押井さんに心酔してたし、押井さんのロジックなり構造みたいなものを自分なりに研究してたから、押井さんと全く同じ物が作れるんじゃないかって云う自負はあったの。だから「ミニパト」を監督した時に、これは脚本までしか押井さんはやってないけど、あたかも押井さんが作った物のように仕上られるし、押井ファンが喜ぶ物を作れると云う自負があったんですよ。だけど、1本目2本目と作って、3本目のコンテに取り掛かった時に、「ううむ・・・押井さんが作った物のように作れると思ったけど少しちがうな」と。俺から見た押井さんって視点で作ってるなって思ったのね。だから見る人が見れば全然違うんですよ。押井さんは、「俺のミニパト」って言うけど、(後藤喜一の)声優の大林(隆介)さんがね、「この後藤はねー、後藤じゃないよね」と言ったんだそうですよ。俺から押井守を見た後藤隊長像って云うのは、やっぱり演じた役者からは差を感じたと云うことですよね。実は同じ物を作れると思ってたけど、そこには俺の視点が自然に出ちゃってたんですよ。だから、慌てることはないんだ。個性は死ぬことは無い、と気づくことができた・・・。

詰め込むものはちゃんと存在している

神山:またもや話しは最初に戻るけど、僕は企画を途中で攻殻機動隊にシフトしたけど、「分かりました。100%全身全霊を懸けて攻殻機動隊を作ります」と言ったとしても、最終的にはどこかでは「個」と云うものは存在しているんだな、と云う確信も持てたんです。監督をやってみてね。だから皆も慌てるなと。企画がオリジナルから攻殻機動隊に変わったからといって、それは負けではないんだよって云うね。でも、それじゃあ俺の物にはならないって思うんだったら、その人には本当はやりたい物は無いんだよ。

だから最初は、なおさら人から充てがわれた物をやった方がいいよ。で、その結果手に入るよ。その方がやらないで、ありもしない自我みたいなものを頑なに守っているよりも、そんな開けて見たら空っぽの箱をつくるよりも、入れ物は替わっても、その中に詰め込むものの方をしっかり作ればそれでいい。そい云うことは確信できたよね。

everybody goes everybody fights ―こんなに頑張ってんのに―

勢いはあっても作品の骨はなくなる

神山:僕等が業界の10年、20年後の為に今担わなければならないのは、一つには成功例を多く彼らに示すこと、もう一つはすごくエネルギーがいるんだけど価値観を強要していくってことです。それが正しいと思うならばやらないとマズイ。「みんな好きにやっていいよ」って云うのは、口当りのいい言葉だけど、僕等の立ち位置からすると罪だよ。罪なんだ。そう僕は思っている。口当りよくクリエーターを集めて「暴走」を引き出せたとしても、そこで作られた物には勢いはあっても作品の骨はなくなると思う。差別化がなくなってくる気がするんだよ。だから厳しいところでレギュラー獲れないからといって、チーム変わって弱いチームでレギュラー獲る、安易にそう考えるなって云うか、獲れないやつは他のチームに行ってもやっぱり獲れないと思うよ。獲るやつは何処へ行っても獲る。

「あいつは変わった」とか

神山:今、何も無いんだよ。カスカスにカスカスなんだ。だから憎まれたとしてもゆっくり時間をかけて意識改革していくんだ。それは成功例を見せるって云うことと同時に、耳の痛い話もゆっくり聞かせていくって云う努力が必要なんだと思うんですよ。これ、同時に。一応それをやってるつもりなんですよ。それを誤解する人もいる。「あいつは変わった」とか、「お前だけ儲かってるだろ」ってね。儲かってねぇって。やっと都営住宅の家賃が最下限度額じゃなくなったくらいだよ(笑)。本当にね。そういうのは放っといて前に進むしかないし、そういう人達も引き連れて幸せになるしかないんですよ。

堀川:原画マンを育成するのにインキュベーターは必要だと思う?

3年毎日スイング2,000回

神山:うーん、これも野球の話しになるけど、第一次長嶋内閣の時には鉄拳制裁もあってね、こいつだと思った選手はもう本当に厳しく鍛え上げたけど、今の子にそれをやっても無理だと。まず理論、みんなが納得する理論を教えなきゃいけないし、鞭以上に飴が必要だしね、そういう時代になりましたと。それでも松井には凄く厳しく教えたんですよ。最初の3年間はゲームが終わるとそのまま長嶋さんの家に直行して2,000回スイングさせる。長嶋さんがO.Kだって言うスイングの音がするまでは振らされたらしい・・・。松井はスランプが長かったから、その後も打てなくなるとまた呼ばれた。当の本人はすごく幸せを感じていたと言うけど、やってた時は厳しかったと思いますよ。他の連中が飲みに行っているのに俺だけがこんなにってね。でもそれは、ジャイアンツの4番を打つためにお前はやるんだと。長嶋茂雄を継承しろと云うことでやってきたわけで、結果的にはヤンキースで4番を打つわけですよ。

松井はラッキーだったと思うよ。強制的にバットを毎日2,000回振れって云うね、しかも長嶋さんが降りてきて「振れ!」って言われたら、それは幸せ以外のなにものでもない。でも長嶋さんはカリスマだからね・・・。そこは俺にはまだまだ足りない部分だし、俺の言うことはただのお説教にしか聞こえないと思うの、今は。だけど俺は強制もする。ただ、俺に資格が与えられなければ当然誰も付いてこないし、それなりの結果を俺がださなければ説得力も無いと思うんだけどさ。

もう日本人使う必要無いよっていわれたら・・・

神山:もちろんね、(アニメ業界で)松井クラスの人材に巡り合える機会だって少ないじゃないですか。景気が悪いって言ったって、一流企業やメーカーに就職しにくくなったと云うだけで、まだまだいい仕事はいっぱいありますよ。この国は就職にそんなに困っていないよね、その気になれば。それでも人材を育成して前に進まないと、この業界は簡単に韓国や中国に抜かれちゃうよ。極端なことを言えば、もう日本人使う必要無いよってことになるよ、このままじゃ。やっぱりおいしい仕事ほど外にどんどん出てっちゃうわけだからさ。

倒すべき敵

搾取構造の悪の根源ってのは実は無いのかもしれない・・・

神山:「一番血を流したところが正当な報酬を得られない。こんな構造はブッ壊すんだよ」って、石川さんは闘ってきていると思うんですよ。でも、これも一夜にしては壊れないんです。でね、僕も一応一個人として、これまで企画を提出するという経過の中で、いったい何処までがインチキで何処まで行けば倒すべき相手なのかを結構見たんですよ。最初はね、「現場の演出が悪いんじゃないか?」「いやいや、どうも演出はこっち側だ」と。「じゃぁ監督だろう。監督が倒すべき相手に違いない」「いや、どうも監督もこっち側だなー」・・・。となると、「プロデューサー?いや、プロデューサーなんかもっとこっちだなぁ」。だとすると、「外部のスポンサーと呼ばれている人間が悪に違いない。そこまでとりあえず行って見ようか」と。で、行って見たらそれほど悪党でもなかった、みたいなね。そう云う風に、留まるどころか何処まで行っても搾取構造の悪の根源ってのはよく判らない。最終的に構造全部バラしてみたら、全員が大儲けしようと思って誰もが損しているっていうような構造なんです、多分・・・。スポンサーがそんなに儲かっているかって言ったら、もちろん僕等よりははるかに儲かっている見たいだけど、一社員が接待だって言って昼飯の領収書を総務に回しても全然O.Kって云うくらいなもんだったりするんですよ(笑)。

どっかが凄い勢いでロスしているんです

神山:ということは、どっかが凄い勢いでロスしているんです。むしろロスの正体を突き止めるべきで、搾取しているラスボスがどっかにいるわけじゃないんだなーって云うのが、上の人、さらに上の人に企画書を提示していく流れの中で少しずつわかってきた。小さな段階での「倒すべき敵」って云うのはいるんだけど、そいつを倒したから全てが変わるって云う構造では最早ないんだって云うことですね。このロスをどんどん減らしていかない限り、この業界が富むと云うことはありえないと云う結論なんです。俺はそう思っている。こんなにねぇ、ロスで成り立っている業界は無いよ。

堀川:ロスというのは例えば?

神山:うーん、極論かもしれないけれど、たとえば末端は紙を無駄にしていると云うところから始まって、日本の社会構造自体がそうであるように、いなくてもいい人が途中経過において、山盛りかかわっているってことかなぁ?そう云う所でどんどんロスしていくわけ。

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