モチベーションの半分
堀川:作品の制作費は決まっちゃっているから、あとは報酬を上げられるのは商品としてヒットした場合の成功報酬を還元することなんです。会社として、先ほどの商業的な意識をスタッフに強いる見返りとして、それを体験させてあげられないかと思うんです。そのためには結果を出せる、物言える会社にならなきゃいけない。現場で制作していた頃の僕は、そのあたりは経営者に任せっきりでとても幸せでした(笑)。
井上:成功報酬があるって云うのはとってもいいことだと思うけどね。当たる作品を作ればギャランティーにも跳ね返ってくる。それはいいものを作るモチベーションの半分にも満たないとは思うんだけどね。それだけをモチベーションにしている人達が参入してくる可能性があるとしても、それはそれでいいことだと思うんだよ。ヒットを狙う意識って云うのは恐ろしく欠落していた部分だと思う。テレビ放映でヒットしたって現場はなにも関係はないし、ギャラは安いじゃ現場もいい物作ろうって意識は持ちにくいよね。これからはビデオグラムで売って、映画で公開してヒットしたら現場に還元されるとなれば、商業アニメーションとしてあるべき姿になっていく可能性は高いと思うんだよ。もっと姑息にでも、計算ずくでもヒットするものを考えないと。面白くて客を惹きつけられるもの、そう云う工夫をもう長いことこれっぽっちもやってなかったからね。ギャグアニメだったら、そのシナリオ本当に面白い?そのコンテで自分、笑いましたか?って云う意識を持ってね。シナリオが笑えなかったら、コンテで、俺の力で笑わせてやろうって。その場合、俺の力で面白くなったのに還元はシナリオだけかい、みたいな不満は出てくるだろうけど、今そんなことまで対応するのは無理だから。少なくともヒット作を作ったらそこに関わった人たちが潤うのは、商業アニメーションとして健全なんじゃない。
井上:お金持ちになりたいとは思っていないよね?でも、充分食べていきたいとは思っているよね?
川面:最近入ってくる子は、潤いのある生活がしたいって云うのはあるみたいですよ。
井上:そうだよね。
川面:僕なんかはアニメに関わる仕事につけただけで幸せって云うのがあって。
井上:俺もそうだった。結果的にしゃかりきにやってたら(出来高でなく)固定給でって話になったんだけど。まず人並みの生活はしたいよね?これだけ物が溢れてて、買うことも出来ないって云うのは不健全だよね。
川面:やっている人はやっているんですよね。
井上:バンバンやって稼いでいる人はいるんだよね。だから全然不可能じゃない。二極化が進んでいるような気はする。しかも俺が原画になった頃バンバンやっている人は、やっぱりものすごく薄味の原画を大量生産する人が多かったけど、今は松本憲生君のように濃い原画を大量に描く人がいるから。その人達を見て特殊だなんて思わないで、どうすればそんなに濃い原画が大量に描けるのかが、今、俺のテーマなんですよ、ちょっと。松本憲生、量産の秘密を俺は探らなければ(笑)。何か秘密があるはず。
堀川:飄々と描くこと?早いですよね。
井上:早いよね。あれ、下描きひとつも描いていないんじゃないかって云う描き方だよね。俺は薄く(原画の)アタリをとるけど、彼は片っ端から描いていくような描き方なのかな?そうでもしないとね、そんなに描けない。マイペースな感じでやってるんだけど、不思議なんだよね。
俺の願望はね、
堀川:井上さんは長編作品をやる時は作品契約の固定給ですが、それ以外の時はそれだけの腕がありながらカット単価で仕事を請けられるじゃないですか。そうすると原画単価にはあまり付加価値が加算されづらい分、やはり数をこなさなきゃいけない。これだけ業界の長編作品の質とスケジュールと現場にも貢献してこられたんだから、固定給で数を絞って、さらに上の表現を目指してもいいんじゃないかと思うんですよ。
井上:俺の願望はね、でも、たくさん描くことだから。結局単価上がったって、俺の収入は上がるかもしれないけれどね、じゃあ、金銭的に余裕が出来たから別のところに時間を割こうって、多分ならないよ。俺の一番強い願望はやっぱりいいカットをたくさん描くことだから。お金って考えたことが無いのね。お金は、別にそうやっていればついてきてるでしょ? そのお金のことで俺の何かが変わるってことはまず無いよね。
最大のネックは教える側の問題
堀川:井上さんが技術を若手に継承するときに、一番ネックになることって何ですか?
井上:ネック? ああ、簡単ですよ。頭の中で教えるべきことが整理できない。言葉にうまくできない。
堀川:現場がそう云う環境にないとか、受け手側の姿勢や経験レベル、問題意識ではなくて?
井上:もちろん受け手側である若い子達にそう云う意識が薄いのかなって云う懸念はあるし、ネックのひとつにはなっているよね。けど、最大のネックは教える側の問題だよね。教えるべきことが整然と整理できていないよね。それは昨日薦めた「アニメーターズ・サバイバルキット(リチャードウィリアムズ)」と「イリュージョン オブ ライフ(生命を吹き込む魔法:フランク・トーマス,オーリー・ジョンストン)」を読めばわかるけど、どうしてこんなに明快に必要最小限のことを―アニメーションをやる上でね―文章化できるのかって。頭が下がるよ。頭がさがるって云うか自分が恥ずかしくなるね。
堀川:今まで後進の人材育成で苦労をしたことがないって言われていましたが。
井上:そう。動画の指導すらしたことが無い。I.Gにいた時もやっていなかったし。
堀川:I.Gには後藤(隆幸)さんや黄瀬(和哉)さんがいるし、ジュニオに在籍していた時もほとんど出向だった。その井上さんがそう云う現場をもって、作画のクオリティーの責任も背負うことになったら
井上:そうだよね、自分が作監で・・・作監すらやらない俺がね、新人の原画を世話したこともないわけでしょ? それがあんまり理想論を言うと反発を持つ人もいると思うんだよね。
堀川:井上さんにはいつかそう云う現場を持って欲しいんですよね。講師としてではなくて、若手を育て上げる、ただ、井上さんを必要としている長編の現場がいっぱいあるし、まだ自分で追求しているものがすごくあるから。
井上:そう、しかもそれは一生終わらないような気がしているんだよね。だからどこかで自分がやっていることに見切りがついて、そう云う新人の養成が出来る時期が来るとは今は思えないけどね。「あんた贅沢だよ、なんで好き勝手やってるの」って言われても、その為に生きているわけだからね。俺がそうしてきたように、あなたたちも見習ってちょうだいね、で済ませてもいいんだけど、そう言ってしまうとね、才能のある人だけが伸びていけばいいんだみたいなことになって良くないことだとは思うので、俺もここのところそう云う意識をもって仕事に直接関係ないことでも頼まれたことをずいぶん引き受けているんだけどね。養成なんて関係ないって決め込んでしまってもいいんだけど―俺は自分が生きた足跡をのこしたいと思っているだけだから―とはいえ、競う相手がいないなんて寂しい話で、自分の存在を脅かす若手がいないなんて、そんな寂しい・・・脅かされてはいるけれど、少なくなってきてるよね。うーん・・・。
ほら、達成したい数字と、・・・現実と
堀川:先回のインタビュー原稿を読み直して改めて考えたことがあるんです。今日はP.A.WORKSのプロパーアニメーターの養成方針を僕なりに少しまとめてみたので、コーヒーとケーキでご意見を伺えればと思います。
(2004年の)12月からかな、新たに3人が初原画の仕事を10カットくらいやったんです。1ヶ月半くらいかかった。今は2本目をやっているんですけど、やはり10カットくらいで苦戦しているんですよ。レイアウトは川面(恒介)が小さなサイズのラフで描いたものをチェックしているんです。川面のO.Kが出たレイアウトをクリンナップするのに1日2カット!
井上:へぇー、必要以上に慎重になっているねぇ。
堀川:そのスピードじゃ食えないよって話は、川面もずっとしてて
井上:動画も平行してやってるの?
堀川:もちろんです。でも、それだけ遅いのは、動画を描いているからだけじゃないですよね。「何故描けないのか」って川面の問いには答えは返ってこないようだし、そう言い続けると俯いてしまうだけなので、たぶん彼ら自身がどうすれば早く描けるのか、とか、技術的に高いレベルになるのかなんて全く解らないまま・・・
井上:でも、まぁ、清書が1日2カットなら5日間で終わるでしょ? 清書に行き着くまでがどれくらいかかっているかわからないけれど。
堀川:その方が長いですよ!これはまだレイアウトだから。井上さんのQ&Aでレイアウトと原画のペース配分を聞きましたが
井上:あれを改めて読んでみると、理想と現実が入り混じっているよね、ハハハ。
堀川:えーっ、1:3じゃないんですか?
井上:それは理想で、現実にはもちろん担当するカット数によって違うけど、レイアウトが1週間で終わることはあんまり無いなぁ・・・
堀川:でも、制作が1ヶ月の原画スケジュールで線引きをするときは、レイアウト1週ですよ。
井上:ま、それはもちろん、それくらいを目標にして、せいぜい10日くらいで
堀川:でも、60、70カットの原画を1ヶ月でやるには、1週間でレイアウトをやらないと無理じゃないですか?
井上:60、70カットだったら俺も1週間ではできないかなぁ。
堀川:!! だって、井上さん1ヶ月で100カットの原画をやったって
井上:それは昔の話です! 今のクオリティーでは当然無理だよなぁ。
堀川:えっ! あっ、そうなんですか!!
井上:だから、そのへんが、ほら、達成したい数字と、・・・現実と
堀川:でもですよ、それを言ってしまうと、テレビシリーズの原画単価が4,000円のものをやったとして、月60カットで24万円の収入を目指すのは無理だよなって言ってしまうことになっては
井上:もちろん、そこはみんな達成しないといけないよね。
堀川:???
井上:目標って云うのは簡単に達成できる数字では意味が無いでしょ?漫然とやっていたらできないくらいの数値でないと目標の意味が無い。60カットをひと月って云うのはそんなに無理のある目標じゃないと思うよ。やってる作品によっても全然違うだろうし、I.Gのテレビ攻殻と普通のテレビシリーズでは全然違うだろうし。
堀川:それもQ&Aにありますよね、テレビ攻殻なら50カットと
井上:攻殻50カットやったことないから・・・。でも、1ヶ月攻殻に専念したら50カットくらいできるんじゃないかなぁ。攻殻は大変な部類だよね。
堀川:攻殻の原画の場合、レイアウトにかかる割合は大きいかもしれないですね。
井上:今はあんまりレイアウトの描き方に差は無いんじゃないかな。作品によって分けるんじゃんくて、レイアウトをきっちり描く習慣のある人は、どの作品でもきっちり描くだろうし、攻殻だから特別レイアウトに時間がかかるって云うことはないんじゃないかな。
ハッキリとした答え
堀川:モノ作りの現場ってピリピリした環境の中でワクワクするものだと思うし、説教ばかりじゃダメだし、それには言われてシュンとしちゃうんじゃなくて、自分の課題を見つけて自分から掴みに行くことだと思うんですよ。現状は先輩がいつもスピードについて説教をしていて、それが当たり前のようになっているので、ちょっとアプローチを変えてみようと思うんです。
井上:数字が上がらないことを恥ずかしく思うことはいいよね。それが平気になってしまってはまずいから。でも、必要以上に追い詰められてもね、自分でも焦りは感じているだろうから。
堀川:焦りは感じているけれど、どうすればいいのかがわからない。答えの、あるいは方法の導き方がわからないからだと思うんですよね。
井上:それはハッキリとした答えがあることではないかも知れないよ。
堀川:そうなんです。それで、その‘答えを導く’取り組みの話しの前に、僕は最近会社の事業説明を行政機関にするときに、アニメーターの養成の必要性についてね、今まで日本のアニメーションのアニメーター養成の歴史は徒弟制度的なものだったけれども、P.A.WORKSは‘カリキュラム化’に取り組むと云う話をしているんですが
井上:・・・それはとても難しいことだと思うよ。
堀川:今のアニメーション業界のアニメーターの流動性が激しい現状では、養成は徒弟制度ですらなくて、少数の優秀な人間が‘自然発生’して伸びてくるのを待っていたのでは、アニメーション業界への人材需要に応えるだけのアニメーターの人数には全然追いつかないんですね。アニメーターを目指す人数が減ったと云うのもあるとは思いますよ
井上:減ったのかなぁ。ただアニメーターを募集する会社数が増えたから分散しただけで、全体としては減っていないんじゃないの? 制作会社の数は増えているよね? 作画プロダクションの数は増えているのかな?
堀川:制作会社は増えていますけど、小規模の作画会社やアパートを共同で借りているような作画集団は減ったような気がします。動画の9割を海外に依存している現状では自然淘汰されちゃう。比べる昔が70年代なのか、80年代なのかで違うでしょうけど。
井上:70年代と80年代はあまり変わらないんじゃない?
堀川:あ、そうなんですか?
井上:80年代の終わりと比較したら違うかもしれないけど。
堀川:それと、現代は徒弟制度すらない、神山さんがインタビューで「親方がいなくなった」と。
井上:減ったかもね。ただ、昔ね、俺等が描き始めたころのことを持ち出すと、そんなに作画の技術的な何かを教わったなんてことはなかったし、親方に就いて学ぶ、徒弟制度的なものがはっきりあったわけでもないよ。
たぶん大したものはなかった
井上:徒弟制度と言ったって、例えば、何色の色鉛筆使うんだ、影は青で塗るんだ、とか、タイムシートはこんなふうにう付けるんだ、とか云う今でもやっているようなことは教えていたと思うよ。でも、肝心の核になる絵を動かす技術については、はっきりしたものは確立もしていない。60年代の東映動画のころにもアニメーターの養成カリキュラムがあったかと言うと、たぶん大したものはなかったと思うよ。
堀川:無い? 誰か先輩に就いて学んだってことですか?
井上:うーん、先輩と言っても、東映史上で見ても動かす技術に長けていた人ってかなり限られているよね。
堀川:大塚康生さんがよく後輩を見回りに来て動きのアドバイスをしてくれたと云う話を読んだんですが
井上:そう云うのはあったと思うよ。「こう描けばメリハリがつくよ」って云うようなね。それは今でもできると思うけど。
ディズニーには確たるものがあっただろうけど、それはよく知らない(笑)。手元にある資料では、りっぱなカリキュラムがありそうなのはわかるけど。ディズニーで実践されていたようなことを覚えるには、そんなこと(先輩のアドバイス)ではないと思うよ。俺等が想像しているよりずっと難しいことをやっているからね。ただ、ディズニーがやろうとしていた表現自体にそんなに幅はないから、一生懸命勉強すれば身にはつけられるんだろうけど。
堀川:カルアーツ(ディズニーが中心になって設立したアニメーション専門教育カレッジ)にはあるんですよね?
井上:間違いなくあるんだろうね。
堀川:そのカルアーツのカリキュラムを取り入れても
井上:うーん、かなり現実味の無い話だね。卒業したときには描きたいモノは描けるようになっていて当然ってレベルだからね。向こうはアニメートに絞っているから。日本だとレイアウトもアニメーターが取るけど、向こうのアニメーターはレイアウト取らないから。
堀川:あ、そうなんですか?
井上:取らない。(注:昔は違うかもしれないし、今も国や作品によっても事情は違うかもしれない)
堀川:今、向こうは大量にレイオフされた手描きアニメーターはどうしているんですか?
井上:わからない。デジタルに移行できた人はしたけど、大半は廃業したんじゃない? よほど腕の立つ人はそれこそCGの学校でアニメーションを教えることもできるだろうし。
だから本当はアニメーションの才能がとりあえずある人を採用するくらいじゃないとシンドイよね。原画の才能があるかどうか探りながら原画をやらせるのは。
堀川:原画の才能があるかどうかをどう見るんですか?
井上:見る方法なんて本当は簡単なんだけどね。パラパラ漫画描かせれば。別に原画って形にしなくても、走ったり、跳んだりはねたりって云うのだったら描き送りで全部描けるから。それでアニメーターの素養があるかどうかはっきり判るけどね。
ヘタクソな人ダラケ
井上:俺等が原画を始めたころは、動画をやりながら先輩の様子を見ていて、こんなふうに描くんだって云うのを見よう見まねで、もう、すぐ本番の原画に投入されて、初原画のときこそ下描きの段階で見せてねって言われたけど、それ以降はもう放ったらかしで、それでも許されるくらいやっぱりね、何ていうか、ゆるかったんだね(笑)。
今は求められるクオリティーが高くなって新人が生きにくい。昔は下手っぴでもよかったんだけど、今も下手っぴ・・・って言うか(笑)その、上手ではない人はいるけれど、そう云う人達は許されないようなところがね。昔はそんなことはなくて、全然、もう、本当に、ヘタクソな人ダラケだったから(笑)。新人が未熟でも全然紛れてたんだね。
堀川:二原(第二原画。原画と動画の中間的なポジション。現在では第一原画で動きのタイミングと必要な原画が全て指示されていることがほとんど)システムで勉強したと云うようなことは無かったんですか? 二原と言っても、現在の第一原画のクリンナップ的なものでは無いと思いますが。
井上:今は二原って本当に(第一原画の)清書的なことだけだよね。それをいくらやっても、まぁ、意識の持ちようによって違うと思うけど、原画マンとしての(動かす)力はつかないと思うよね。昔は原画が荒っぽくて(原画枚数が少なくて)、例えば座っている絵から立ち上がる絵に動かすのに、原画が2枚しかなくて、原画的な動きを動画マンが描くようなことを日常茶飯事にやっていたから、動画マンが原画に近いような中割りをする過程が、自然と原画を描く訓練になっていたと云うことはあったかもしれないけど。
堀川:今、そんな原画を上げたら演出から戻ってきますよね。
井上:そうだね、そうそう。基本的に今、動画マンは充分にチェックされた原画を渡されるので、動画には創造的な余地はほぼ無いよね。いい原画であれば機械的に中を割るだけで。
堀川:でも、その時代の(原画に近い)中割りの動画って、原画を描けない人達が描くのだからそうとう酷いものも
井上:無茶苦茶になってるモノもあったよね(笑)。現にあったと思うよ。
堀川:へー!
井上:例えば、炎の原画が一枚だけって云うのは本当によくあったんだよ。一枚原画で(動画)7枚の繰り返しって云う指定があって、残り6枚は動画マンが描く。それは一種の原画の研修みたいなことをやっているわけじゃない? 素養のある人にとっては、それは原画の訓練になったかもしれない。それを今の時代に持ち込むのは難しいよね。今の動画に原画の訓練を含めるのはちょっと難しい。
堀川:崩れた中割りは、昔は観客にも判らなかったと思うんです。でも、作り手のレベルアップに伴って観客の目も肥えてきたと思うんです。これだけジブリ作品が大衆に受け入れられて、毎作品1500万人もの人が映画館で観て、テレビで日本視聴者の半分が見ているとなると、あの品質が観客にとってアニメーションの標準、あるいは比較基準になっちゃったんじゃないかと思うんです。いろいろ許されなくなった(笑)。僕が「平成狸合戦ぽんぽこ」や「おもひでぽろぽろ」を映画館で観た帰りのエレベーターでは、観客が「すごくリアルな絵だったね」なんて感想を語り合っていたけれど、最近のジブリ品質についてはそんな感想も聞かれないでしょう?
井上:それでイコール見る目が肥えて、見る側のレベルが上がったと云うことではないと思うんだけどね。
堀川:もう昔の酷い中割りを見れば判るんじゃないかなぁ。
井上:確かに、それはずいぶん荒っぽいって印象にはなるだろうね。丁寧に作られたモノを見慣れれば雑なモノは見分けられるだろうね。でも、「丁寧」イコール「良いモノ」ではないから・・・。雑だけど「良いモノ」はいっぱいあるでしょ?
堀川:昔も今もアニメーションの仕事に携わる新人の技術には差が無いのに、高い品質を当たり前に要求されるようになった今は、確かに新人には大きな負担かもしれませんね。
言葉にできた-今の価値観-(1)
堀川:‘途方に暮れる新人原画マンたちへのアプローチ’に話を戻しますね。養成のカリキュラム化に取り組む上で、会社のアニメーターたちにどうアプローチしていこうかと。養成カリキュラムのノウハウが今の会社にあるわけではないし、僕に作画の技術があるわけでもないので、彼らが考えることを習慣づけて、彼らが試行錯誤して取り組んだ結果を独自のカリキュラム化のデータにしていこうと考えたんですよ。そのために、一人ずつ自分には何が課題なのかを川面も含めて一緒に考えみようと。本来なら自力でやることだけれども、それは先輩たちが「何度言っても変わらないんです」で放棄してしまってはいけない時代なんです。
井上:うーん、川面君が「足りないのは画力なんですよ」って言ったのは、なかなか解決できない難しい問題・・・
堀川:「画力の問題」、そう課題がまず判ることなんですよ。あとは継続した訓練、モノになるかは才能。
今、情報は溢れていますよね。たいていの作品はソフトで見られる。ただ、自分が何をキャッチしたいかが決められないんだと思うんですよ。だから必要な情報が引っかかってこないんじゃないかなぁ。画面を見ても流して見てしまう。
僕がまず考えたのは、彼らにP.A.WORKSはこう云うアニメーターを求めると、それは、まず、最初の何年間かで何でも描けるオールマイティーなアニメーターを目指し且つ、充分生活できるだけの物量をこなせる職人を目指してくれと、それが会社の希望だと提示するんです。次に「何でできないの?」じゃなくて、彼らが自分で答えを導くきっかけを与えようと、考えることをもう少し具体的な要素に分けてみたんです。1つ、この仕事に就いて、アニメーションで何をしたいのか? すごくシンプルな問いで、これは徐々に変わってきてもいいんです。「人を感動させたい」とか、「自分の個性を表現したい」とか、「訴えたいテーマがある」でも、井上さんのように「自分が生きた足跡を残したい」でも。現時点のもので。
井上:うん
堀川:もう1つは、どんなアニメーターになりたいのか。それとあと1つ、報酬はどれくらい稼げるようになりたいのか。これも最近は考えるようになったんです。
井上:昔は度外視してた。アニメーションが好きすぎて。
堀川:この3つの要素について考えれば、職人アニメーターとして彼らがどんな価値観を持って、何を目指して何が課題かを考えるきっかけにはなるかなぁと思ったんですよ。
井上:そう言葉にできたからと云って・・・
堀川:考える対象が漠然としちゃって絞り込めないんですよ。「何をやれば巧くなるんだろう」「どう描けば早くなるんだろう」って。会社の方針の提示と個人の価値観は、それを考える第一歩だと思ったんです。
井上:うーん・・・
10年前の俺にこれを聞くな -今の価値観-(2)
堀川:この価値観の個々の3つの要素は同じウェートじゃないと思うんですよ。報酬のウェートはたぶん80年代~90年代より大きくなっている。
井上:俺等が原画になった20年くらい前よりは大きくなったかな。
堀川:そのころは「どんなアニメーターになりたいか」のウェートがすごく大きかった。描きたいモノのために報酬を無視した‘玉砕型’アニメーターがけっこう多かったんですね?
井上:人を驚かせるような、目を疑うような大変なカットをやった方が、やりがいがあるって言うかね、大変であればあるほどやりがいを感じる人も多かったね。もー大変であることが寧ろ喜び、いかに見応えのあるカットを描くかが最大の目標みたいな(笑)。そう云うのを苦しい中でやることが、結果的にはスピードに繋がっているんだと思うけどな。内容が楽になれば、その人たちは楽々描けるもんね。報酬は目指していなかったんだろうけど。
堀川:こう云ういろいろな価値観の話をP.A.WORKSのアニメーター一人一人としてみようかなぁと。
井上:何年もやって、ああ、自分はひょっとしたらこう云うアニメーターになりたかったのかなぁ、と見えてくるようなところもあるから・・・最初からはなかなか・・・。
堀川:これは、最初に決めたら最後まで貫き通せと云うようなものじゃなくて、考えるきっかけで、そのヒントをどうやって掴むかと云うことです。情報はいくらでもあるんだけど、‘これについてアンテナを張るんだ’って問題意識を持っていないと、たぶんいつまでたっても掴めずに漠然とした悩みに俯いてしまう。
井上:10年前の俺にこれを聞かれても、うーんて俯いたかもしれないよ。
堀川:そうなんですか!?
井上:いや、そんなことは無いか、はっきりしていたかな、‘何でも描けるアニメーターになりたい’か。
堀川:それを彼らが段々絞り込むきっかけになればいいんですよ。僕だって会社を設立した時にビジョンは何?って聞かれて、うーん、いい作品作りたいだけなんだけどなぁ・・・くらい曖昧だった。4年間悶々としたんです(笑)。
井上さんが先回のインタビューの中で「同列で競争していた同世代の人達は何処へ行ってしまったのか」って話をされたじゃないですか。
井上:本当に失礼なこと言ってるよね(笑)。消えて無くなったみたいな(笑)。
堀川:その答えが、ああ、これなんだ、価値観のウェートなんだと思って。WEBアニメスタイルのanimator interviewを読んで、なかむらたかしさんにせよ、森本晃司さんにせよ、「どんなアニメーターになりたいか」は、20代でかなりのところまで極めて、アニメーションを職業にする価値観に占めるウェートは「何を表現したいか」の方がずっと大きくなったってことなんだと。「自分で表現したいモノが出てきたから」って。アニメート追求のモチベーションは小さくなったんですね。
井上:そうだね、ある程度そっちは達成してね。いや、本当はもっと俺がたかしさんだったら、そっち方面で課題は出てきたと思うけど、やっぱりたかしさんの中でね、「俺の作りたい作品をやるには、それほどのクソリアリルなアニメートは必要ない」ってどこかで踏ん切りをつけたんだろうね。今はもう全然そう云うことは求めないし、そう云うものを描くと「不要だ」って言うんだよね。
限界を感じなかった俺 -今の価値観-(3)
井上:「パルムの樹」のキャラクターを作ったときも、(なかむらたかしさんが)「無駄な線が多い」って。もっと綺麗にまとめて欲しいって言われたんだけど、描いているときは、これはこれで若い子たちに(原画を)やってもらうんだったらこれくらいリアルなテイストも無いと・・・、若いと特にそうだけど、リアルな絵を描きたい、とりあえずリアルな絵を描けることが当面の目標になっている子が多いから、やっぱりそう云うテイストはキャラ表(キャラクターの設計図。原画マンはこれを元に原画を描く)には盛り込んであげないと食いついてこないんじゃないかなぁと思って、多少皺の描き方をリアルにしてみたり、手足をリアルにしたんだけど、それは「いらない」って言われたんだ。(作品の制作が)終わった頃にやっと解ったんだよね。たかしさんが求めているものが。そう云うものは本当にいらないんだって。もう、たかしさんが求めるものではなくなっているんだなって。
堀川:森本さんもバリバリアニメート追及の頃を振り返って、演出になってからアニメートに対する判断の仕方が変わったと。「アキラ」が終わったくらいから‘アニメート’ではなく‘何を表現するか’に徐々にシフトしていったんですね。
井上:そうだよね。ただまぁ、‘アニメートに何を求めるか’が見つかったから‘何を表現するか’にシフトしたって云うのはあるよね。完全に(アニメートで)行き詰ったからこっちにシフトしたんじゃなくて。
堀川:『そうだよ、みんな井上さんをみならって頑張らなきゃいけないだろう』と、先回のインタビューのときは思ったんだけど、それは間違いだと(笑)。ずっとアニメートを追求できる井上さんが特殊なんだと云うことが解りました。
井上:うーん。
堀川:言ってみれば、まだアニメートの部分で全然自分の描くモノに満足していない、同世代にそう云う人があまりいない。
井上:少ないよ。そう云う意味で同列でって云うことだと、まぁ意味は解ってくれているとは思うんだけど、アニメーションの、アニメーターって職種だけにこだわってね、同列で競争していた人達はいなくなりつつあるよね。現に長編(劇場作品)1つとっても同年代なんて集まらないもん。あぁ、久しぶりなんてことはほとんど無くて。
堀川:価値観のウェートのバランスが変わっていったと云うことですよね。アニメーションを職業にする上での。
井上:まぁ、行き詰ってそうした人もいるだろうし、新たに何か見つかってそうなった人もいるとは思う。いずれにしてもあんまりいなくなったよね。
堀川:アニメーターとして燃え尽きて別方向にシフトしたか、アニメーターの限界を早い時期に感じてシフトし直したか。
井上:限界を感じなかったのは俺のラッキーだったところだね。それなりのアニメーターとしての才能があったってことだと思うんだよね。
堀川:P.A.WORKSのアニメーターが、自分の今の価値観から、じゃあ、一人前の職人アニメーターになるためには、今何が自分にとっての課題と考えればいいのかですよね。与えられたカットを漫然とこなしていれば巧くなると思っていてはいけないんじゃないかと思うんです。
井上:でも、ただえさえ思い悩んでいる子たちに、更なる苦悩を与えるような(笑)。今はもっとシンプルにアニメーターとして技術的に巧くなることだけを求めていいんじゃないかと思うんだけどね。‘どんなアニメーターになりたいか’って云うことは、目先のことを上手にこなせるようになってから考えたって全然遅くはないよね。
堀川:それが自然に出来ちゃった人に聞いたのは間違いだった(笑)。もちろんその目標は徐々に変わるものでしょうけど。