P.A.Press
2005.5.1

第3回 石川光久 プロダクション・アイジー社長 「ずばり、雑・草!」のシナリオ

2005年5月1日
プロダクション・アイジー八ヶ岳保養所、新人研修合宿にて。
僕が今までに石川さんと2人で話らしい話をしたのは、I.Gに在籍した2年半で全部合わせても多分3時間くらい。あのころ聞きたかったけど聞けなかったこと、経営者になって考え始めたことなど、今回時間を割いて答えてもらうことが出来ました。制作進行からの叩き上げで、アニメーションの制作会社が手に入れたいモノを獲得してきた、プロダクション・アイジーの、そのパラドックス的アプローチ。クリエーターが石川さんに期待するのは、廊下ですれ違っただけでも、誰が恋をしているかを見抜いてしまうように、スタッフの誰もが、どこかで石川さんが自分を見ていてくれると思えること。僕が石川さんに惹かれるのは、I.Gがいくらデカくなっても、この人は絶対に守りに入らない、入るはずがないと思わせる人柄です。

「うん」&「そうだね」

堀川:今回のタイトル「ずばり、雑・草!」のシナリオは、I.Gのホームページの「石川コラム」から貰いました。

石川:ああ、あれか(笑)。雑草ね。

堀川:アニメーション業界のリーディングカンパニーとして注目されるI.Gが、制作会社の基盤を作り始めたP.A.WORKSにどんな夢を見させてくれるのか、この先どんなことをやってくれるのか、今、「ずばり、雑・草!」が描くドラマとはどんなものか、と云うことをちょっと伺えればなぁと思うのですが。

石川:わかりました。

堀川:石川さんは社員にビジョンを語らないですよね。僕がI.Gに在籍していたときも分からなかった。自分の会社を設立して、『企業の成長って、ビジョンを獲得するドラマなんじゃないかな』と考えて、I.Gを振り返ったときに、その成功が語るものがあった。石川さんは言わないけれど、今、社員にI.Gのビジョンを語るとすれば、「今までI.Gが作り上げてきたものがI.Gのビジョン‘だった’んだ」と。

石川:うんうん。

堀川:ビジョンは獲得するたびに変わりますよね? 石川さんの今の‘モットー’みたいに。今、P.A.WORKSが5年目に入って、ビジョンの1つに5年間で50名のプロパーアニメーターの育成をあげているんです。I.Gは初期の設立2年目、「劇場版:機動警察パトレイバー」くらいの段階で、ずっと中核を担ってきた人材は固められましたよね? その時のモットーは「人材」だったと。

石川:うん。

堀川:次のモットーは「カンバン」だったと思うんです。I.Gブランドの確立。コンテンツメーカーがコンテンツホルダーになるためには、何を獲得すればいいのか? その為にずっとI.Gは闘ってきたと思うんです。見ていると。

石川:うん、そうだね。

堀川:それが「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」くらいまでに確立できた。その次のモットーは国内で「対等」と云うテーマに取り組んだと思うんです。もちろんずっと種をまき続けてきたでしょうけれど。モットーが「長いものに巻かれながら対等」はね、ちょっと真似できません(笑)。権利の獲得と云うか、自分より上位のステークホルダーとパートナーシップを組むと云うことが次の獲得目標で、それは今年で17年目くらいですか? 今見ても、国内ではほぼ獲得できたと思うんです。「イノセンス」までで。そこまで来て、今「ずばり、雑・草!」とは何か? 櫻井(圭記)君の書くコラムには、石川さん像を考えるヒントが隠されていて面白いんです。『表面の昼行灯的奇行に惑わされるな』って。I.Gは更に上を目指す為に、大きくなって硬化しだした企業をもう一度人材から流動化するために、今まで蓄積してきたものを一度リセットするのかな、またゼロからスタートする気概をもって「雑・草!」と言ったのかな? とも考えたのですが。

石川:うん。

堀川:でも、石川さんが先に見ている次に‘獲得すべきもの’と取り組むためには、本当にリセットが必要なのか、国内ではほぼパートナーシップを獲得したI.Gに残されているのは、海外のディストリビューターとの「対等」だと思うんです。「イノセンス」を経て。それは、リセットではなく、やっぱり今までの高い技術の蓄積の上に発展させた、人材も含めて更に今まで構築したものの上に築き上げるものじゃないのかなぁ、とも思ったので・・・

石川:うん。

堀川:今、石川さんが17年でここまで来て、次にI.Gはどんなシナリオを書いているか、僕等にどういうドラマを見せてくれるかを一度聞いてみたいなぁと。

石川:そうだね。

「ずっとそれを目指してきた」-向日葵の花、紫陽花の花(1)-

石川:あの、堀川もね、経営者になって解ると思うけど、ヒマワリの花を育てようと思うとアニメーションの場合は良くないって云う気がするんだよね。アジサイの方がいいんじゃないか、それが根底にある。ヒマワリの花は単一なんだよね。1人のスターアニメーターを会社としてめいっぱい押し上げる、これはマネージメントなんだよ。マネージャーとしての。これはアニメーターにとっては一番大切なんじゃないかと思う。制作にそうして欲しいとみんな思っているかもしれない。でも、それは個人のブランドであっても会社のブランドではありえないから。プロダクションを目指した以上は、これは必ず壁になるよ、そうしちゃうと。ちょっと誤解を招くかもしれないけど、のぼせあがった人間を作る可能性もあるの。アニメーションの場合、これはすごく危険だなと思うんだよね、危険だと。アニメーションはマンガとは違うから、アニメーターの本質はキャラクターを動かす技術、キャラクターを似せる職人的な技術も含めてね。だから、1人の人間にスポットが当たるような作り方は、いっときはいいかも知れないけれど必ずしっぺ返しが来る。弱まっちゃうと云うかね。
 アジサイの花は、みんなの力が合わさって、それを俯瞰で見たときに綺麗に見える。そうなんだよね、それがプロダクションの形として一番理想なのかな。アジサイのような花を育てるときに、1に対してピンポイントでモノを言うのは言い易いけど、組織の経営者がやることじゃないんだよ。これは担当者がその場、その場でやるべきだと思うんだ。経営者は1人の人間を育てるわけじゃないから。例えば、石川が持っているビジョンは何かって言ったら、それは、その夢を持った石川1人よりも、10人の夢を持った人間が集まった方が面白いモノができるって発想なんだよ。だいたい経営者が夢を持ちすぎちゃうと、みんなにそれを強要しすぎちゃうから。1人ひとりの味の好みがあるように、みんなそれぞれ夢をもっているわけだから、経営者の夢で強引に引っ張っちゃうのは、自分のアシスタントを揃えるようなもので、それはプロダクションとは言えないんじゃないかなぁ。そこはたぶん自分が目指したところとは違うと思う。いや、まさしく違う。これは今だから言えるけど、だからあまり1人に対しては言っていない。1人に対して言っちゃいけない。常に10人に対してモノを言おうと思ったの、イメージを。そう思った。自分にとっては、1人の人間に夢を持たせて9人の人間の夢が犠牲になるより、10人に対してモノを言って、10人分の夢を共有できるような組織をつくろうと云う、石川のように自分でビジョンとか夢を語らないでも、結果は必ず伝わると思うんだよね。結果は、‘夢を持てる人間がそこにどれだけいたか’って云うことだと思う。1人ひとつ夢を持った人間がいっぱい集まったほうが、必ず面白いモノができると云うか、面白い組織になると。面白い組織と云う言い方もおかしいんだろうけれど、ずっとそれを目指してきたので。

「最大のビジョンにしてスタートライン」 -向日葵の花、紫陽花の花②-

石川さんの主食は鴨汁饂飩

石川:もし自分が会社員だったら、ヒマワリを育てようと思っただろうね。社員だとしたら。突出した人間はピンでやるから。でも、それはプロダクション・アイジーのブランドにはならない。あの、ブランドって云うのは、育てようと思っても育つものじゃないから、お客さんが決めるものだから、そこは間違えちゃいけないけどね。どちらかと言うと、やっぱりアジサイの花を育てたかったと云う感じだね。アジサイの花を育てるには、ピンじゃだめだんだ。力の集合体じゃないと。みんなが集まっているから綺麗なんだって云うような組織作りを目指したと思うね。ここに集まった人間にどれだけ夢を持って働きたいと思わせることができるかって云うかね、夢を持った人間が集まることが一番最大のビジョンだって。それがスタートラインだから。

堀川:I.Gもここまで来て、石川さんの組織作りはそう見直されたのかな、今そこに至ったのかな、と思うんです。‘P.A.WORKSは富山から世界に向けてコンテンツを発信する’ことをビジョンに掲げて、まずアニメーターの人材育成をプライオリティーの上位に掲げて今取り組んでいるんですが、これにはあと5年かかります。それで、その次にI.Gを見ても、やはり企業のブランド化が課題だと思うんです。と言うのも、先日石川さんに‘アニメーション業界の制作会社が成熟する条件’って何でしょうね? って尋ねた時に、「それは、みんなが食えるようになることだよ」と‘鴨汁うどん’を食べたながら答えてくれた。その時は『ああ、大勢の人を背負ってきた人間からこぼれる言葉だなぁ』、と。僕はあの時曖昧な答えしか見つけられなかったけど、あの後、個人の成熟を企業に置き換えて考えてみたんです。

石川:うんうん。

堀川:個人の成熟は、自己の快楽の欲求を満たしつつ、精神的には自己のアイデンティティーを社会の中で確立することだとすれば、それを企業に置き換えれば、利益を拡大しつつ、社会の中で企業イメージ、企業ブランドを確立することが企業が成熟する過程だと置き換えられると。それで、I.Gがどうやって企業ブランドを獲得してきたかを考えたんですよ。不思議だったんです。売り上だけを見れば、マーチャンで利益を上げているアニメーションの制作会社は他にもいっぱいありますよね? でもI.Gの方が認知されていたりする。この、企業のパブリシティーと、売り上げと、作る作品の差別化のバランスを考えると、I.Gはどの部分で突出して世界に名前を売ったのか、石川さんの企業ブランド戦略はどうだったのか。ジブリはどうか? ジブリは全部突出してますけど(笑)、比べて見ても、先ほどの話、I.Gもジブリもまずそこにヒマワリ・・・世界で闘える監督を咲かせたことが大きかったと思うんですよ。良質の作品を総合力で見せるアジサイよりも、ブランドを確立する過程ではヒマワリの花をマネジメントすることだったのかなぁ、と思ったんですね。I.Gは過去、常に大ヒットを飛ばしてきたと言うこともできないので。今はアジサイにシフトしても、初期にI.Gが育てたのはヒマワリではなかったかと。

「今、天才は何処に行っているんだ?」 -石川流、逆説の幸福論-

堀川の主食

石川:もし、スターを作ろうと思ったらね、ヒマワリをマネージメントしようと思ったら、ヒマワリは育たないって云うかね、ヒマワリはそこでは綺麗に咲かない。今の話を聞いても、逆説的だと思うんだよ。思いとは全て反比例するような気がするの。例えば、幸福を求めると不幸になっていくんじゃないか、お金を求めるとお金は無くなっていくし、男性がね、女性に対して求婚しても、あんまり追っかけすぎると逃げるんじゃないかってね。今の時代は全てそう来ると思っているの。
 今、じゃあ確かにブランドって何かなって色々と考えると、一番重要なファクターはお客さんが作るものだし、もう1つハッキリしているのは、そのブランドを作る天才は今、何処に行っているんだと云うことね、1人の天才が。やっぱり100人の凄いヤツよりも、その1人が時代を動かす、ブランドを動かすって云うことも自分の中では解っているけれども、でも、その1人が何処から生まれてくるのかは、なかなか見えないところがあってね、‘今、天才は何処に行っているんだ?’って云うのはね。やっぱり天才はいるんだよ。それが一時期は手塚治虫だった。マンガ業界に行ったんだ。その後ゲーム業界に行ったり、マンガ雑誌に戻ったりしてた。でも今は違うんじゃないか。今、けっこう1人でCGアニメーションを作る作家が出てきたから、そこに行っているのかもしれない。ただ、今の若者は苦労を乗り越える精神的なタフさが少し弱くなってきているから、天才を生む前に凡人で終わっちゃうかもしれない。それでも、その天才を生む環境は、今、アニメーション業界に来ているんじゃないかって匂いはするんだよ、実は。これから天才はアニメーション業界に宿るんじゃないかって。
 押井守も宮崎駿監督も本当は主流じゃないと思うんだよね。主流ではなく隙間から出てきた才能だと。押井さん自身がそう言っている。「自分達は決して主流じゃないんだ」と。アウトロー的なところから入ってきたから、隙間があったこの時代だったからできたんだと。今2人に主流じゃないって言われたらちょっとね(笑)、でも、なんとなくそれは解るの。もし、ブランド化と云うことが今後あるとしたら、天才が宿ったところにブランドが出てくる可能性はあるんじゃないかって気もするよ、それはね。でも、思うに、天才は求めて追いかけても絶対に出てこないから。そこは理屈では解っていても、精神的には求めちゃいけないものじゃないかな。そうだと思う。押井さんとI.Gとの関係もそうだと思うんだよね。押井さんに寄り掛かりすぎたら、I.Gにはいないと思うんだよ。寄り掛からないから、押井さんも逆にI.Gを信頼して今までやってこれた。そこはやっぱりパラレルのスタンスで、そこ以上入り込まないって云うお互いの信念、あるいは理念があると思うんだよね。ちゃんとお互いそこを解っていることが大事じゃないかな。だから、あんまりブランド化にこだわって、ブランドを追いかけようと思うと、逃げていく、そう云うものだから。

「もし、スタッフを尊敬しているんだったら」

堀川:個人のアイデンティティーが、その人でしか在り得ないものだとすると、I.GはI.Gでしか作れないモノを目指したのかと思ったんです。他との差別化と云うか、今、‘I.Gっぽい作品’とまで言われるようになった写実的な作品を定期的に作る、押井作品を代表とするね。マーチャンで大成功した他社でもプロダクションの顔が見えてこないところもあります。それは他のプロダクションでも作り得る作品だからなのかなぁ、と思ったんです。それではそのプロダクションの作品作りの個性とは成り得ないのかなぁと。そこはP.A.WORKSも狙わなきゃいけないのかと思ったんですよね。今は総合点で良質の作品を量産できるプロダクションにしたいと考えているんですが、それでも、ただ丁寧に作るだけではなく、P.A.WORKSと言えばこう云う作品だよなぁ、と云うモノは狙うべきかと。人材の基盤ができた次に、でも、まだ複数のラインを持てないような初期の規模では。

石川:闘いだと思うんだよね。何て言うのかな、堀川が‘下請を脱皮する’って宣言する。これ、すごく素晴らしいことだと思うんだよ。それは地方だったら、逆にもっと言わなきゃいけないんじゃないかなと思う。東京では言わなくても意図的にやればそうなるから。もし、堀川がスタッフを尊敬しているんだったら、今のポジションに甘んじるのは、これは、スタッフに対しての経営者堀川の怠慢だと思うんだよ。ある面、今のポジションの方が楽だと思うよ。リスクは少ないじゃない。でも‘下請を脱皮する’と言葉にするだけならできるけど、これは考えたらね、どの業界の仕事でもそうだけど、大手と下請けの上から下への流れに逆らって、関係を対等にする、もしくは逆転するわけじゃない? のし上がろうとすれば、普通は喜ばれることは無いよ(笑)。

堀川:普通はね。その辺がちょっとアニメーション業界の現状は違うんですって云う話しをよくしているんです。これだけ作品数が溢れていると、I.Gもそうでしょうけど、作品のオーダーが多すぎて断るのが大変だと思うんですよ。アニメーション業界全体がオーダーにきっちり応えるのにアップアップの状態なので、その制作現場に力があって、テレビシリーズを安定した品質で回せるだけの力があれば、それを潰さなきゃいけないほどの仕事の奪い合いは、ゼネコンとは違ってアニメーション業界の元請制作会社に限って言えば、ちょっと特殊ですけど感じられないんです。下請から元請に昇格するための参入障壁なんて、力のある制作現場さえ作れば難しいことではないって話をしているんですよ。
石川:そうだねぇ、ここまで来るとさぁ、その通りだと思うよ。いいモノ作っていれば誰でも求める。ただ、I.Gはね、ここはあんまり言いたくないからあれだけど、なんか、もう、次元が、わかる?

堀川:???

石川:国内でも海外であっても、どこと付き合うかって云う問題があって、あっちを立てればこっちがね。これ、何なんだろうと思うよね。

堀川:それだから取引会社一覧を見ても、五十音順であんなにズラーッと並んでて、どこともバランスよく付き合っているわけじゃないですか、I.Gって。

石川:うん、そこはすごく大事だと思うよ。一箇所に特化しないって云うのは。

堀川:資本が入っちゃうと難しいかもしれないけど。

石川:そうだね、入りすぎちゃうと。でも、入ったからといってそれに惑わされることは無いんじゃないかな。でも、公開することそれ自体を目的にする投資ファンド会社を入れると駄目じゃないかな。

堀川:ベンチャーキャピタル入れちゃうと?

石川:そう。I.Gの資本金いくらだったかな?

堀川:(笑)

石川:3億数千万か。そこにベンチャーキャピタル入が入ったら資本の論理で甘いことは言っていられない。株主のために絶対やらなきゃだめ。I.Gはほとんど入れずにここまで叩き上げてこられた。それを入れないことで、IT企業のように短期間で飛躍的には伸びないかもしれないけど、それはそれで、I.Gが堂々と誰に向けて作品を作っているかって云う姿勢だと思うよ。

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