P.A.Press
2005.5.1

第3回 石川光久 プロダクション・アイジー社長 「ずばり、雑・草!」のシナリオ

「気が付いたの、どこかで」

石川:こう思ったんだよね。世の中の大企業って意外に大ヒットは出していないんだよ。ガーンと一発大ヒットさせましたー、と云うよりも、伸びる会社って小ヒットを継続的に出せたところが必ず残っている。これはどこの会社も同じだと思うんだよ。そこが大事じゃないかなって気が付いたの、どこかで。どこかのところで。
 I.Gは大ヒットはしていないけど、会社の名前は出ないけど、15年映画をスタンスの中心に置いて転がすことに取り組んできた。その理由は予算が高いので優秀なスタッフを集められるから。じゃあ、映画製作がビジネス的に儲かるかと云うと、ジブリは別格としてまず儲からないんだよ。映画製作だけではI.Gも経営は成り立たない。映画産業史を見ても、映画製作で潤って大きくなった製作プロダクションなんて聞いたことが無い。ジブリも大きくなるのは徳間書店から独立してこれからだよね。ジブリには鈴木(敏夫)さんみたいな名プロデューサーがいたのかもしれないけど、決して大手の映画会社が映画製作だけで大きくなったとは誰も思っていないだろうし、実写の小プロダクションも経営状態はみんな散々なモノだと思うよ。アニメ業界もそうなの。井上(俊之)さんが出た、アニメーターに特化して、あれだけ優秀な、たぶん日本一のアニメーター集団を抱えたプロダクションが無くなってしまった。それは何故かって考えさせられたんだよね・・・・。話が横道に逸れちゃったけど。

「地雷を踏まない制作」

石川:プロダクションにとって制作の質の良さは大事じゃないかと思うよ。フリーのアニメーターは好きな作品があれば現場を移るし、それでいいと思うんだよ。アニメーション業界はその持ち回りでもっているところがあるじゃない。でも、本当は現場を水面下で支えなきゃいけない制作の質じゃないかと思うんだよ。制作は絵を描くわけじゃないし、演出をするわけでもない、作品に対する貢献が目に見えるわけじゃないからね。それでもスゴイのは、現場に問題が起こる前にフラットにしてしまう制作だよ。大変なことになる前に、波風が立つ前に手を打ってね、スタッフが気付かないところで処理してしまっている。よく運が強い人間って言うけど、それは、地雷を踏まないためにちゃんと先を予見してね、悪くなる兆候を見逃がさずに手を打って押さえるからなんとかなっているんだよね。それが結果的に運が強かったと云うことになる。やっぱり監督や演出やアニメーターは作品だけに気持ちが入っていくのはあたりまえだと思うんだよ。これは当然だから。むしろそうじゃないといけない。制作はそのショックアブソーバー的な働きをしてるけど、質の高さって周りからは評価されづらい部分だよ。だからこそ、プロダクションとして、実はその部分をちゃんと押さえると言うか、幹を太くすることが本当は大事なことなんだ。
 表に出ている名前以上に、名前が出ていない陰のスタッフが、人にチャンスを与えて人を育てることができているプロダクションが、足腰が強いって云うことだと思うんだよね。例えば、CGスタッフがアニメーションの映像を作るときに、もし制作ラインにシステム管理とネットワーク管理がしっかりできる人間がいたとしたら、本当に大変な作業もフラストレーション無くできるはずなんだ。フラストレーションを無くす人間がそこにいる現場に、たぶん優秀な人材が集まるんじゃないかと思うんだ。その縁の下の力持ちをしっかり固めることが、実はとっても大事だったりするんだよね。それに対処できていないと問題を回避できずにまともにドーンと受けちゃうから。アニメーションの現場って予算も時間も全ての条件がそろっていることなんてないから、まともに問題を受けるとけっこう現場のダメージも大きいんだよ。足腰が強くないところではよけいに応える。だからスタジオの目に見えないところで手を打っている人間は大切だし、そういう人材がしっかりしているプロダクションは本当に力があると云うことだと思う。

「天才が宿る場所」

石川:ここに(動画作監の)三田(由起子)さんがいるけど(*今回のインタビューのカメラマンを頼みました。)、動画作監が強いところが、アニメーション作品の質を本当に支えていると思うんだよね。でも、じゃあね、アニメ雑誌で特集組んで動画作監にインタビューに来るかってことなんだよ。ものすごく腕のいいアニメーターが10カット原画を描く。監督とかプロデューサーは、この10カットを描く天才的なアニメーターよりも、1人の動画作監として作品のクオリティーをきっちりと支えるスタッフの方が欲しいはずなんだよね。作品全体のクオリティーが上がるからね。でも世の中の雑誌と云うのは、10カット描いた天才アニメーターがいたとしたら、光の当たる表舞台でインタビューをする。そこに行くのは当然で、それがメディアだと思うよ。でも、メディアがそっちを見てもね、そこじゃなくて、本当に作品全体のクオリティーを上げてくれる大切なスタッフに、目を向けていないプロダクションはマズイんじゃないかと思うんだよ。表舞台ではないところにそう云う力のあるスタッフがいるからこそ、そこに天才は宿るんじゃないかとね、そう云う考え方がいいと思うよ。だからヒマワリは追いかけるものじゃないんだ。堀川が言う通りヒマワリだと思うよ。100人集めたからってブランドにはならないからさ。1人天才が入ったら全体が変わるから。でも、その1人が来るかどうかは、ちゃんとひたむきにやっているスタッフがそこにいるかどうかなんだ。天才がそこから生まれたり、そこに宿ると云うのは自然の流れだと思うんだよね。

堀川:そこにプロデューサーがいることも。

石川:うん、大切だと思うよ、そこには必ず。プロデューサーと監督は一対だと思うよ。鈴木(敏夫)さんと付き合ったけど、鈴木さんがいなかったら・・・。みんな宮崎さんがいなかったらって言うけどさ、両方だよね。あそこに鈴木さんがいなかったら、宮崎駿監督はあそこまで行かなかったと思うよ。鈴木さんは一番バランスが良かったと思うんだよね。徳間にはバランスの崩れた本当に面白い人がいたんだろうけど、でもその環境がバランスの取れた鈴木さんを生んだわけだよ。庵野(秀明)さんが生まれたって云うのもさ、大月(俊倫)さんがいたからじゃないかなぁって。押井さんが誰を信用しているかって云うのはね、それは石川がどういう形で組織を作ってきたかと云うことに対してすごく信頼していると云うことだと思うんだよね。それがブランド論になるかどうかわからないけど。

「制作の自負」-I.Gの制作の質(1)-

堀川:新人の制作進行が長続きしないんですが、何をもってこの仕事を大変だと言っているのか、考えるのはもうやめたんです。僕には解らないから。自分の経験を振り返っても、もちろん大変なことはありましたが、辞めたいと思ったことは一度も無いので、どうしてあんなに情熱をもって入ってきたのにすぐ耐えられなくなるのかが解らない。僕には制作って仕事が向いていたんだろうな、制作にも適性があるんだなくらいで。でも、すぐに辞めてしまう人間は別として、何年も続いた制作が辞めるとしたら、彼らが今、何に行き詰ってやりがいを無くしたのかを考えなきゃいけないなぁと思っていたんです。制作と云うポジションは、周りから評価しづらいかもしれないけど自負は持っているんですよ。自分が関わったことで絶対にクオリティーは良くなっているはずだという自負、これがやりがい。

石川:あー、うん、そうだよね。

堀川:例えば分りやすいところで、どのシーンの原画を誰に発注するか、動画、仕上をどんなスケジュールでどこに撒くか、スタッフィングで上がり(完成映像)の予想がつくじゃないですか。クオリティーをコントロールできると云うか、できていたんです。でも、現状は、動画仕上撒きにおいては海外のレベルが上がって、キャパがものすごく増えてスピードアップしたこともあって、撒きの2週間前から国内動仕をおさえておくなんて必要はなくなったんですね。1日前におさえても1000枚があたりまえのように撒けちゃう。そこには、仕上がりが丁寧な会社のキャパを確保するためにコンスタントに物量を供給するという、制作のスケジュール管理とクオリティーコントロールは昔ほど介在しなくてもよくなったんです。これは楽になった分、そこに自負は持てなくなったんです。原画の撒きについて言えば、もう、ご存知のように人材不足は業界全体の問題で、よほどの人脈があるベテランでないかぎり担当制作ではどうしようもないところまで来ているでしょう? 
それなら今、担当制作は自分の存在理由を、クオリティーコントロールの自負をどこにもっていけばいいのかを考えていたんですよ。これからの制作のアプローチを。そんな話を石川さんにしたときに、「赤信号ではなく、信号が黄色のうちに手を打つのが制作だ」とヒントを・・・‘鴨汁うどん’を食べながら。なるほど、確かにそれは快感だと。評価はされないけど、担当制作だけが自覚できるものだから。それには訓練も必要です。日報、状況表の中にヒントはあるから、をれを見て日々シミュレーションしていればどこにどんな問題が潜んでいるかは訓練すれば見えてくるようになる。制作デスクなら、5、6の複数話数を関連づけてトラブルの種とポイントを見つけられるようになる。それに前もって手を打てるようになれば快感ですよね。あとは当然そこに実務として、言いづらい話もいっぱいしなければいけないこともあるので、そのことから自分が逃げないことだと思うんです。まだ手の打ちようがある、選択肢が相手にある段階で言わなくちゃいけない。

石川:うん。

堀川:あとは、常にいろんなセクションのスタッフと雑談をする、不満にじっと耳を傾けていれば、どこでどう云う問題が起きそうかが見えてくるものですよね。そこに手を打つヒントがある。そう云う関わりにもっと意識を傾けることが、担当制作がクオリティーコントロールに介在する1つの方法なんだと思ったんですよ。目立たないけど、やりがいのある面白い制作、消耗戦じゃない関わり方として。そのための日々の地味な努力は欠かせませんけど。

石川:うん。あの・・・、制作の質もさ、15年前と今とでは質が違う気がするのね、ウチの場合。まぁ、人間の質が上がったと云う言い方がいいかは別として、そう、もう、15年前の人間にウチの今の制作水準はまず無理だね。

堀川:ヘェー。

石川:ムリムリ。

「雑草の魂」-I.Gの制作の質(2)-

石川:ここ数年、やっぱり人の質って違うんだなーと思うようになった。そこだと思うんだよ。それは、今はI.Gのブランドって云うのもあるだろうけど、最初からあんまり質を望みすぎてもいけないわけじゃない? それは。だから会社には等身大が必要じゃないかと思ったの。それは今だから思うんだよ。17年前なんか誰でもよかったよ。来てくれさえすれば、言っちゃうと。そしたら、誰でもいいやと思っていると、来た人間はやっぱり誰でもいいような人間が来ちゃうんだよね(笑)。

堀川:ハハハ。

石川:いや、そうだよ。でも、でも! そこで、そこで、思ったことは、人の上に立つ人間、経営者もそうだけど、自分から楽しくやれること、苦しまないで楽しくやれさえすれば、周りもそれを見ているんじゃないかなぁって。10年前なら10年前、15年前なら15年前の等身大で。
本当に今は質はよくなったと思うんだよね。でも、人間の質の良さと、成長とはまた別だからさ。そこは頑張ったことで人間の魅力がまた出てくるからさ、うん。自分は質なんか良くないの。だから雑草って言うんだけど、ちゃんとしたタネじゃないから雑草だと思うんだよ。血統書も付いていないし。雑草の強さって、踏まれても踏まれてもまた立ち上がることじゃない? 雑草にはその強さがあると思うんだよ。踏まれても闘っていく力、と云うか気持ちだと思うよ。自分もそうだけど、本当にタネ悪いなぁと思うんだけどね、15年前に比べたら今の子は質なんて本当にいいと思うよ。人間的にタネが良い悪いはあるんだよ、やっぱり(笑)。でもそこで頑張れるヤツっているもんだよ。最初は質が悪くても、雑草のように強い魂って云うか精神力で頑張っていると、そいつが中心になったりするから。そう云うヤツには任せられるし、チャンスを与えたくなるしね、周りも与えるんだ、これが。
I.Gも最初は何で辞めちゃうんだろうと思ったけど、下請から独立するときに、世間はそんなに甘いものじゃないって云うのを身をもって知ってね、その世間をあたりまえなんだと受け入れて、プロダクション・アイジーは今後きっと良くなると云う強い思いでやろうと思ったの。そんな15年前、10年前は、そりゃあ辞めちゃうのあたりまえだと、これ、自分もずっと思っていたもん。会社を作ったときに、そんなのに耐えられる人間、なかなか来ないよ。

「I.Gを伸ばしてきたものは‘ピンチ’」

「北陸にアニメ王国を作る」

堀川:P.A.WORKSはもう5年目ですから。

石川:5年目なんてそんなもんだって。I.Gは17年たって初めてスタートラインにつけたと思うもん。

堀川:うーん・・・

石川:ようやくだよ、揃ったなと。いろいろな人間が辞めていったけど。わかる? だからいいんだって。堀川に言いたいのは、たぶんそこを考えちゃうと会社に制作進行は宿らないと思うよ。

堀川:それは言ったように考えないようにしたの(笑)。

石川:そうそう、堀川自身が楽しもうと思えば、楽しんでいる姿を見せると、進行ってどんどん育ってくるものなの。そう云うもの。会社が思わぬ状況に陥るときってあるんだよね。でもそれを受け入れると、けっこうヒントになるんだよ。会社が伸びるヒントって、こう、逆境のときなんだよ、いつも。問題があってヤバイとかね、あっ人がこんなに去っちゃう、とかね。人が去ったときにいい人が入って来たりさ、そこで伸びると思うよ、必ず。いつもI.Gを伸ばしてきたのは何かって言うと、‘ピンチ’なんだよね。ピンチのときは最大のチャンスだって、本当にその通りだと思う。

堀川:ピンチになると何故かテンションがあがると云うのはありますが、これは制作の職業病の1つかもしれないけど(笑)。

石川:それは持って生まれた人間の資質だと思うよ。ピンチのときに力を出して燃える人間は、普段やっぱり上っ面で仕事をしていないと思うんだよね。けっこう足腰が強いと云うかさ。さっき言った問題提起だってそうなんだよ。人の話を聞けば聞くほど見えて来るんだよね。そこをみんな、愚痴だと思って人の話を聞きたがらないじゃな。見えないよ。それでは見えないって。自分で怠っているだけだから。陰でそう云うスタッフがどれだけ支えてくれているか、それがI.Gを育ててくれるわけじゃない。それを見ていればさ、そう云う人が支えているんだって、自分は誰よりも思っているつもりだからさ。そう思うと、ちゃんと壁は越えられるんだよ、それが。例えばスーパープレーヤーのアニメーターが辞めて違うスタジオに移ったとしても、陰でクオリティーを支えるスタッフがそこにいればいい作品はできるんだ。アニメ雑誌とかクライアント相手にそんなこと言ったってだれも信じてくれないじゃない。でも本質のそこを見ている人間は脱皮できるよ。

「押井守に100万払うよりも」

堀川:制作は当然そういうところを見ているし、いろんなセクションと話をするから、全てのセクションに自分の責任で仕事をさせてあげたいと思うじゃないですか。全カット動検(動画作監)通したいし、動仕撒きではなく動画に色指定を打ち込ませてあげたい。全カット仕上検査を通してあげたい。みんな自分の仕事に自負を持っているから、そう云うスタッフと話をすれば、当然そう云う思いは生まれます。その為にはスケジュール管理をしてボトルネックになるセクションにいかにコンスタントに供給するかだけど、でも、僕はI.Gに入ったときに‘・・・オヤッ?’と思った。I.Gは割り切っているんだと思った(笑)その部分は。商品としては当然のことですけど、最終的な画面映えを優先している。スケジュールは平等じゃない。どのスタッフを中心に置くかが徹底していた。黄瀬(和哉)さんとか。その後半の瞬発力をサポートできるスタッフが人選基準だったんだと思います。そこは割り切っていたと思うんです。僕がそれまで考えてきたやり方とは違っていた。陰で支えるスタッフに目を向ければI.Gの動検以降は大変だなーって(笑)、I.Gに入った頃思ったんです。

石川:あの・・・、たぶん2つあって、これ、(ここにいる)川崎逸朗が言ってたんだけどさ、「石川さん、ボーナスね、同じ10万払うんだったら新人に払ってあげた方が押井守に100万払うよりも遥かにね・・・」って。

堀川:ハハハハハ。

石川:押井守に100万払っても、本人そんなにありがたく思わないよって。・・・あ、20万? 30万でもいいや(笑)。でも、新人に5万でも10万でも出してあげたらものすごく喜ぶからって言われたことがある。そう云うことはいっぱい覚えていて、その通りだと思うよ。だから今、押井さんは「石川の野郎、ねぇ、俺には5万、3万、下手したらゼロだぜ」って言っているじゃん。本当に出していないと思うよ、ここには(笑)。新人に出してあげた方がいいと思うんだよ、それ、やっぱり生きたお金の使い道だと思うんだよ。
さっき言ったように黄瀬達はI.Gの歴史を支えてきた人材だから。やっぱり会社の等身大で、その時どき、その大きさで人材は変えていかなきゃいけないところもあるの。
 こう云うことがあったんだよ。I.Gの仕上を強化ようと思った時、I.Gにはフリーの仕上しかいなかったんだよ。やっぱり作品のクオリティーを支える末端のそこ(仕上)が重要だと思ったんだよ、出口が。実力のあるフリーの色指定はいたけれど、フリーは作品単位で動くからね、立派な仕事をしていても、プロダクションとしての仕上を育て上げるなんてことはまず無いだろうと。その頃日本人と韓国人の仕上を見ていて『これはおかしい!』って思ったの。韓国人の仕上が1人1日50枚塗れるのに(*この頃はデジタルではなくセルです)、日本人は10枚しか塗れない。それなのに、10枚しか塗らない人間が韓国人の塗りは下手だって文句を言う。3枚しか塗らない日本人が文句ばかり言う。これはおかしいんじゃないかと思ったの。日本人だって50枚塗れるはずだって。実際に見ていると、韓国人は黙々と仕事をしているんだもん。日本人はお菓子を食べながらダラダラ塗っている。それじゃやっぱり塗れないだろう。そこで野口(真智子)さんを仕上の管理者として入れたら、朝から晩まで仕事をキチッとやってね、10枚しか塗れなかったのが、30枚も40枚も塗れるような組織になったんだよね。その組織ができたときに初めて黄瀬の土壇場でやった仕事が最後でクオリティーを落とさずに生きるんだって云うかさ、そう云うのは目には見えないけど、何処にお金を投資していくかだと思うんだよね。
 会社の規模が大きくなったら何に特化するか、投資してそう云う部署を作ることが大事なんじゃないかって考えてきたから。それは積み重ねだと思うんだよね。だからI.Gはそれほどヒットはしないけれども、そう云うところに人材とお金を投資して特化させているんじゃないかって云う気はしているんだよ。

「フリーの、たぶん、本質」

石川:自分を中心としてじゃないと生きられないって云うのが、フリーの、たぶん、本質だと思うんだよ。誰だってそうだと思う。組織のことなんて考えてね、フリーでやっていけるかって言ったらそんなこと無いわけじゃない、関係的に。経営者はそう云うことをちゃんと考えて、相手のことを思うことって鉄則だよ。相手はどう云う立場で、どう云う気持ちでやっているかって見ていればさ。それに対してこちらはどういうスタンスで接するかをいつも考えている。自ずと答えは出てくると思うけどね。そうすると、力のあるフリーのスタッフでもI.Gでは仕事をしなくなる場合も出てくるよ。それは仕方が無いけど、それでいいと思うんだよ。弱いところはそれでも力のあるスタッフを追いかけちゃうんだよね。そうすると制作のバランスが崩れちゃう。制作が潰れていくこともある。

堀川:新人制作を育てるのは先輩じゃなくてクリエーターなんだと思ってて、それは僕には制作の先輩がいなくて、育ててくれたのはクリエーターだったと云う経験からなんですが。特に「無責任艦長タイラー」の半年間下痢が止まらなかったあの精神修行にくらべれば、「エヴァンゲリオン」も「人狼」も金色の野で手を広げて歌っているようなもんでした(笑)。

石川:そうだよね、うん。

堀川:あのー、アニメーション業界って末端のセクションになればなるほど凄く辛抱強いんですよ。

石川:うんうん。

堀川:文句も言わない。言わないところには平気でしわ寄せがくる。管理できない制作は、だらしないスタッフを放置した、その責任を自分で取れずに、後のセクションにスケジュールの帳尻合わせを押し付ける。でも、そこにハッキリモノ言う厳しいスタッフがいれば、制作は目を向けるし耳を傾ける。やっと黙々とやっているスタッフがどんな気持ちでやっているのか気付くんです。そう云うスタッフと組むことで神経も張るし、シミュレーションも覚えると思うんです。だからP.A.WORKSも社内にいろんなセクションのスタッフがいることは現場としては僕の理想なんですけど、制作がチームとしてちゃんと力をつけるまでは、外のモノ言う、力のあるスタッフと付き合おうと思ったんです。全てのスタッフに目を向けるために。この経験が制作を続けて行く上で必ず糧になると自分の経験から思うんです。最初から社内に抱えると、どうしても緊張関係がゆるくなってしまう。

石川:その通りなんだよね。

「‘組織としての仕上’を育てる人」

石川:今のI.Gが社内にいろんな部署を抱えているのは、本当に作品がピンチになったときに全部社外スタッフで面倒見てくれるだろうかって云うのもあるし、もし社外スタッフと提携しても、そこに仕事を安定供給し続けられるのかと云うのがある。これは難しい。社外に安定供給するための仕事を受けだすと、これまた変な弊害が出てくるわけ。I.Gはずっと劇場作品を中心に制作してきたからさ、テレビシリーズのようにコンスタントに仕事を社外に供給できるわけではないんだよ。だれがこんな会社と付き合ってくれるかって考えるよね。普通はテレビシリーズでちゃんと仕事を供給してくれる会社を優先するよね。だって当時、1年の内3、4ヶ月は仕事をくれるかもしれないけれど、あと9ヶ月仕事の無いところのさ、ずっと面倒を見るかって云うところもあるでしょう? そうなることを想定して、徐々に社内にいろいろな部署を作って強化していったの。問題は、やっぱり厳しい人がいなきゃダメなんだよね。厳しく管理をする人。外にいるか、中にいるか、どちらにしても厳しくないとダメなんだと思うよ。仕上は、やっぱりフリーでカラーデザイナーをやっている人間には、‘組織としての仕上’までは育てられない、厳しさを。仕上管理は仕上管理でそれに特化した人がトップにいないとやっぱりダメなんだ。仕上のトップは色指定ができなきゃダメなのか? 塗りのプロじゃなきゃダメなのか? 違う。管理する能力と仕上の技能は全く別のものだから。

「石川はアニメーターに甘い? それは違う」

堀川:あと、今後の制作のモチベーションのありようで、これはラインプロデューサーの現場作りになるかもしれなけど、醍醐味は現場の演出だと思うんです。いかにスタッフをワクワクさせて作品作りに巻き込んでいけるか。今、クリエーターが散らばっていて、1箇所でプロジェクトを組んで作品を作れるような環境は少なくなった。I.Gはそういう意味で理想の現場に近いんですけど、自宅で仕事をするフリーも増えたので、そのスタッフに作品への参加意識を持たせるのは非常に難しいことなんですよね。腰を据えてじっくり作品作りに取り組んでいるという環境が作りづらい。どうやってそのスタッフを巻き込んでいくかって云うのはラインプロデューサーが頭をひねるところでもあり、一番やりがいのあるところでもあると思うんです。自分がいかにこの作品を楽しく作っているかをアピールする、関わるそれぞれのスタッフが自分のテーマを持てるようにする、スタッフにスポットをあてて参加意識を共有できるようにする、士気を上げるイベントを企画する、作品の戦略を、何故これを作るのかをはっきりさせる、いろいろ巻き込む方法はあるでしょうけど、もっと意図的に仕掛けていかないと難しい現状ではあるんですよね。

石川:あの・・・、現場でたぶん一番仕事をしているのは誰かって言ったら、制作進行のような気はするの。仕事が一番多いのは、まさしく。作品作りの頭からお尻まで全てに付き合わなきゃいけないとなると、やろうと思えばやろうと思うほど時間が無いと思うの。本気でやれば、これは。監督が忙しいか演出が忙しいかって言ったら、同じようにべったり頭からお尻まで付き合う担当演出の方が忙しいんだよ、これ、言っちゃうよ。
 それも含めて実は思うのは、堀川も言っていたけど、じゃあハイリスクローリターンは誰か? って言ったらアニメーターなんだよ、アニメーションではね。押井さんは言うよ、アニメーターはみんな我侭だって、俺の言うこと聞かないって。監督になるとだいたい言うけど、でも、あの「イノセンス」の原画を描かされたら、あれは本当にシンドイと思うよ、自分もやっぱり。それなのに「アニメーターは・・・」って言われたらねぇ(笑)。押井さんには「石川はアニメーターに甘い」って言われるかもしれないけど、そう言うかもしれないけど、それは違うと思うの、やっぱり。あの質の高いアニメーターが集まったからこそ、あの押井守のフィルムが生かされるんだって。これはいろいろ、一長一短あるけれど、やっぱりアニメーターに対して尊敬する気持ちを制作は持たなきゃいけない。
 だって、彼らは月々5万から見習いを始めるんだよ、5万で。今の世の中で5万で仕事をやる人間に対してね、制作進行だって最低15万から始まると思うんだよ、3倍違うわけじゃない? 月5万が月100万になる可能性が彼らにはあるとしても、そうなれる可能性を考えると非常にハイリスクだよ。
ただ、アニメーターは自分で描いていて楽しいって云うのもあるし、目的がしっかりしているから我慢ができる。進行は目的が見えないんだろうね、そう、見えないでしょ? ただただ我慢しなきゃいけないところもあるからね。要するに、我慢することとか、忍耐そのものが好きな人間なんていないんだって。絶対いないと思うよ。アニメーターの仕事は忍耐が70%だって言うけど、忍耐が100%だったら誰もやりたくないよ。その先が見えるから、目的があるから越えられるんだと思うんだよね。今の時代に忍耐だけを強要しても続かないし人は育たない。いつも思うんだけどさ、イチローだって松井だって、彼らが忍耐強いって思ったこと無いもん。彼らは野球が本当に好きだしね、練習したことを本番に活かすと云う目的があるから。中田が、天才が言うには、練習ですること以上のことは本番では出ないって。と云うことは、彼はそれだけの目的意識を持って練習でやってるってことだよね。人より努力することも苦にならないって云うのは天才なのかもしれないけど、制作にもそう云う人間が必要だと思っているよ。

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