P.A.Press
2005.10.25

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「17年間変えないスタンス」 後藤隆幸(キャラクターデザイン・総作画監督)

17年、I.Gの作画育成で考えてきたこと

「この道を行きなさい」

後藤:1スタのアニメーターは定時に入るよう指導している。もちろん就業時間については色んな考え方はあると思うんだけどね、自分にあったやり方って云うのは確かにあると思うの。自分のことは自分で管理して、スケジュールを立てて、駄目だったら自分のせい、上手くいったら自分の努力、それはそれでいいと思うんだけど、ただ新人に最初からポーンと自由にって言うと、どこに進んだらいいのか分からない人もいると思うんだよ。最初の道は誘導してやろうって云う考え方なの。それが、俺がI.Gを作る時からの考え方で、今も1スタの考え方は変わっていない。俺はとりあえず誘導していく、この道を行きなさい、それで上手くなったら、あとは自分で考えろって云う方式なのね。最初から野放しにはしない。1スタで育った連中も、それでやってきたからかも知れないけれど、同じ考え方で後輩にも指導してくれているし、自分たちもそう云うやり方でやっている。
何故定時にみんな入れるかって云うとね、やっぱり制作がいるときにアニメーターが仕事をやれば制作も楽になるよね。それと、さっきも言ってたけどコンスタントにカットを上げる。そうすれば、多少スケジュールが押していてもケツに山積みになることはまず無いから。きちっと朝から原画を描いて、1カットでも午前中に上がれば、制作も数値のシミュレーションはしやすいよね。だから1スタの作品は、スケジュールが破綻することは無い。クオリティーは最高ランクじゃないかも知れないけど、きちっとしたものが上がるのはそこだと思う。同じ考えの連中が集まってくれているから、それが出来ているんだと思う。
でも、育ったからといって、上手い人に単独で作監をやらせたとしても、とんでもない原画上がってきたら、やっぱりその作品は崩れちゃう。攻殻はちょうど1スタがまとまっていて、全員攻殻に戦力を投入できたので、まとまったんだと思う。だから、今BLOODについても、1スタで作監をできる人が複数いても、まとまったメンバーでまともなもの作らなきゃ駄目だろうと云う考え方で、作監は1人にして他は作監をやらずに原画で固めているんだよ。

「1人採ろうが、いっぱい採ろうが」

堀川:育成で一番大事なのは、ある程度同期の数がいることだと分かったんです。新人を6人採用してみて。何も言わなくてもクリエーターは競いあって伸びていく。1つのスタジオに、1人、2人ではなく、同期の数がいる環境は大切だなと分かったんですよね。

後藤:育て方にもよるとは思うんだけど、17年くらいやってきて今思うのは、1人採ろうがいっぱい採ろうが、人によったり、その時の会社の状態によったりで、育つ環境によっても全然ちがってくるのね。5人採って5人辞めたこともあるし、1人採って1人残ったこともある。それが全部上手くなったかって言うと、そうでも無い。I.G見てもわかると思うけど、すごくいっぱい育っているかって言ったら、そうでもないでしょ? もう十何年もやっているのに、作監がゴロゴロしているかって言ったら。ちゃんと育っていれば、社内のアニメーターが、もう100人くらいにはなっていると思うんだよね。
結局はコレって云う育て方は存在しないような気がするのね。でも、自分はさっき言ったようなことを信じながらやっていくしかない。黄瀬氏は黄瀬氏の考える育て方があるだろうし、俺は俺の育て方がある。自分はこれがいいと信じる方法でやっていくしかないよね。もちろん周りを見ながら、自分たちも失敗しながら。これは上手くいかなかったから今度はこうしようとか、他のところがこう云う方法での成功しているから取り入れようとか、試行錯誤を続けながらやっているとは思うけど。

堀川:I.Gがかつて新人が育ち辛い環境だったのは、劇場やビデオ作品を中心に転がしていたって云うのはあると思うんですよね。

後藤:でも、テレビシリーズはやっていたよ。「エスパー魔実」やったり「クレヨンしんちゃん」やったり。最初はね、もちろん採用試験はしたんだけど、採用するレベルは今とは全然違ったかな。それでも入れて一生懸命教えれば、全然描けなくても何とかなるだとうと思っていた。自分がそうだったから。でも、やっぱり制作していたのはクオリティーの高いビデオ作品が多かったって云うのもあるだろろうし、本当に描けないヤツが上手くなるかって言うと、これが難しい。なかなか育たない。残れるかどうかは、これは本当に何年やっても分からないんだ(笑)。
それで、俺と黄瀬氏で育ててきた人材が、今はある程度育ってきたから、彼らが次の世代を自分たちの感覚で育ててもらってもそれは構わないと思っているの。自分たちが成長して、これが正しいと思ったことを次に継承してくれればいい。I.Gで育った彼らがね、I.Gではこうやって行けば上手くなるんじゃないかなって云う方法を教えていけばいいのかな。

「オジサンもブルマーも」

後藤:1スタはね、石川が持ってくる作品の作監を俺がやって、社内の原画マンを育てていくって云う感じだった。最初から劇場作品をやらせてもいいと思ったけど、新人は入れてもらえなかったし、俺も新人はTVシリーズのカットをどんどんこなした方がいいと思う。テレビシリーズの原画で鍛えて、I.Gの劇場作品をやって欲しいなって今でも思っている。
I.Gが好きだって言っても、みんながI.Gのリアルな作風をやりたいかって言ったら、そうでもないんだよ(笑)。ほのぼのしたやつやりたいとか、おじさんばかり描いているのは嫌だ、ブルマー描いている方がいいっていうやつもいるの、これが不思議と(笑)。それが攻殻やると辛かったりするんだよね(笑)。俺だってそう。でも、俺は会社の人間で、会社のために働くと思っているし、いつかは自分に合ったものが来てね、ポーンと当てたいなって、ずーっと思いながら今もやっているし、彼らも多分そうだと思うんだよね。

堀川:僕は、今は何でも描いてオールマイティーになれと。手に職つけておけば、作品数が減っても食いっ逸れることは無いから、何でも描けるようになっておけって、今は原画新人の女の子でも、メカもエフェクトも描かせている。あまりフリーになってからメカを描く女の子はいないですから。I.Gも作品数が増えてレンジが広くなったので、選り好みせずに若いうちにいろんなものを一通りこなしておくのは大切じゃないかと思うんですよね。

後藤:それは本当にそう思う。俺がタツノコに来る前は3頭身とか5頭身のキャラばっかり描いてきたのね。「まいっちんぐマチコ先生」とか、「GU-GUガンモ」とか。それで、タツノコの仕事でちょっと頭身の高いキャラを描こうとしても、なかなか描けなかったんだよ。どうしても背が小っちゃくなってしまう。でも、リアルなヤツをある程度描ける人は、丸っこいキャラを描いてもすぐ描ける。だから、今I.Gでやっている作品をある程度こなしておけば、大抵の作品はたぶん出来るんじゃないかなと思う。

「削がれたオリジナリティー」

後藤:何でも描けるって云うのと、オリジナリティーがあるって云うのは別なの。クリエーターはオリジナリティーを持っていないといけない。

堀川:そうなんですか?

後藤:そうそう。少しでも目立つことは、やっぱりクリエーターにとって大事なことだと思う。オールマイティーすぎると、どれが自分なのか判らなくなる。I.Gっぽいものは描けるけど、それ以外のものは描けなかったりとか。例えばもし、俺が原作モノをやらないで「赤い光弾ジリオン」とか、俺のオリジナルキャラクターの作品が続けば、俺はたぶんオールマイティーじゃなくて自分の決まったキャラしか描けなかったと思うんだよね。それで攻めていくしか無くなっていた。でも、ずっと原作モノで自分に無いものをやってきたので、自分なりにそれは成長したとは思うんだけど、じゃあ今オリジナルなものを描いてくれって言われると、昔の自分のモノは何にも無くなっている。後藤っぽいモノかも知れないけど、今までやった作品に影響されたキャラになっている。これも描けるあれも描ける、何が来てもそんなに驚かない、そつなくこなせるようにはなったけれど。
そのあたり、個人個人がどこに焦点を合わせて、どんなクリエーターになりたいかって云うのと、会社の考え方っていうのは、またこれは違うんだよね。会社としてはオールマイティーになれば、どんな作品を受けてもカットをいっぱい上げられるっていう単純な発想が出来ると思うんだ。正直に言って、本当にそのクリエーターのことを心底考えているわけではないと思うんだよね。それもある程度考えつつ、実際は会社をどうやって経営していくか、大きくしていくかって云うのが前提にあると思う。そのためにアニメーターを育てていくって云うね。
俺は今までいろんな作品をやって自分の実力が上がってきたって云うのは、そう思わないとやっていけないって云うのもあるの。もちろん最初に描いた頃のキャラと、今描いたキャラでは、昔のキャラ表(*1)見ると本当に恥ずかしかったりするんだけど、やっぱりパワーはある、若さとか、自分の主張みたいなね。でも、今描くと収まっているという感じがするのね。そう云うのが・・・今まで十何年を俺はその路線のまま走ればよかったかもしれない。でもI.Gって云う会社を作ってしまったわけだから、I.Gは劇場作品を中心としてやってきたわけだから、石川に「何か俺に合う作品持ってきてよ」って言っても、「いや、ゴッチャンね、I.Gはこう云う作品しか来ない」って言われていつもそこで話しは途切れているんだよね(笑)。だから、それだったらそれに沿ってやるしかないから、それをやることによって自分のレベルはもちろん上がったと思うけど、まぁ、今振り返って見ると、段々自分のオリジナリティーはそがれていっちゃったよな、という気持ちは正直あるよ。でも、それを愚痴として言ったことは無い。

堀川:P.A.は今年全国の美術系の課のある学校99校にアニメーターの募集を出したんですよ。即戦力の専門学校は会社説明会にも行ったけれど、ほとんど応募がなかったからそうしたんです。今年は60人くらいの応募だったんですけど、そうすると、アニメーターをずっと目指していた子と云うよりも、好きな絵を描いて食べていける職業の1つとして、アニメーターと云う道もあるのかな、くらいの志望動機の子も多いんです。最近では大学の授業でアニメーションもよく取り入れられているようなので、採用面接試験でどう云うアニメーション作品が好きなのって聞くと、ユーリ・ノルシュテインだったり、ヤン・シュヴァンクマイエルとか(笑)。自分のオリジナルでアート系の短編を一本作りたいって云う夢を持っているんです。その気持ちは大切に持っていて欲しい。でも、それを具現化する手段を君たちは今、持っていないよ。憧れているだけ。10年間、一流のアニメーターになるまで、商業アニメーションの洗礼を受けて表現する手段を身につけた後に、業界に入ってきた憧れの動機としての、そのモチベーションが擦り切れていなければ、君は表現する手段を手に入れたのだから、それを自分のオリジナリティーとして形にすることができると思うよ。でもその前に商業アニメーションですぐ消耗してしまうようなモチベーションだったら、結局その程度のものだったんだと。商業アニメーションで強いられる物量がどれほどの糧となるかをナメちゃいけない。10年描き続ければ成長の度合いが全然違うって云う話を、今年採用した動画マンとの面談でしたんです。君たちは、今は具現化する手段を身につけなさいと。まだ思うように原画1カットも描けないのが現実だから。
彼らがそれを手に入れたときに、彼らがやりたい表現を形にできるまでのアニメーターになったときまで、大切に初心の憧れは持っていて欲しいと思っているんです。P.A.にもそんな人材が出てくるのはいつのことか分かりませんが、そこまでの技術をみんな身につけて欲しいなという思いがあるんですよ。その先に、これはP.A.の意味なんですが、プログレッシブなアニメーションの創作にチャレンジしたいなって。それで僕を刺激して欲しいんです。ずっと先の夢ですけど。

「dilemma」

後藤:設立したころからI.Gの作品路線は自分の路線じゃなかったんだ。昔はその苦しみとか不満がずっとあって、「赤い光弾ジリオン」をやっているころはよかったけど、劇場作品の大変なのが入ってくると、自分を生かせる場所が無かった。そう云うジレンマは当然あった。だから出向したり、他のTVシリーズをやった。一方では上手い人が集まって劇場作品作っている、こちらは地道にTVシリーズの原画をやりながら新人を育てる。いかにその、今いる人たちを少しでも育てて、全員沖浦君(*1)とか黄瀬氏になれるなんて無理な話だけど、俺くらいには絶対になれるから、そういうスタンス。俺はもともと何も、絵も描けなかった人間だから、俺くらいには絶対なれると思って育ててきた。これからも多分そうすると思ってはいるんだけど、それでも自分の夢があるから。まだまだ野望もあるし夢もある。会社も大きくなったんだから、俺の作品が1個くらい売れなくても、もう傾かないだろうと(笑)。

堀川:(笑)

後藤:売れなくてもいいような自分なりの作品をね、そろそろ作らせてくれよってずっと言ってて、

堀川:これからは株主の方を向いて作品をつくらなきゃいけないから、今まで以上にそれはできなくなっちゃう(笑)

後藤:(笑)本当に。

堀川:でも、20年以上やっている今も第一線で、夢も野望もあるって云うのは、それだけ何でもこなしてきた基礎体力があるからでしょうね。

後藤:それもあるかもしれないけど、まだ自分のやりたいものはやれていないっていう(笑)

堀川:石川さんが、やりたいものをやらせるとクリエーターとしての寿命を縮めるってどこかで語っていましたね。ずっとやらせないのはそういうことなのか!

後藤:はっはっはっはっは。多分それは俺をよく知っているのかも知れない。まぁ、そこらへんが石川の人を使うのが上手いところなのかも知れないけれど、自分は与えられればそれはそれで楽しんでやっているよ。

*1:沖浦啓之 3スタ在籍「イノセンス」キャラクターデザイン・作画監督・「人狼」監督

「人選の前提条件」

後藤:I.Gの採用試験も最近は俺一人じゃなくて各スタジオで選ぶんだけど、すごく上手い絵を描く美大を卒業した人も来るでしょ? それを見てみんなは「こっちの方向に進んだほうがいい」って言うんだよね(笑)。専門学校出た人を採ると、結局選ぶのは即戦力。根性がありそうで、絵もそこそこ上手くて、動きもある程度知っていると。どちらが育つかは本当に入れてみないと全然わからないよね。俺も人を選ぶときに、最初に失敗して気づいたのが、I.Gの作品をやると云うことを前提に人選しないといけない。I.Gのやる作品で、やっぱり潰れる人もいるんだよね。クオリティーについていけない。出来高だから数を上げられなかったら食べられない。でも、そこは会社もフォローしない。そのことをある程度考えて人選しないと駄目だと気づいた。I.Gの作品クオリティーについてこれそうだって云うのが前提になった。そこは会社によってスタンスは違うものだと思うし、違うべきだと思う。I.Gもこうやってテレビシリーズをいっぱい抱えるようになってきたけれど、そんなに大量に入れるつもりはないし、選別するつもりもない。ちゃんと考えて入れて、その人をとにかく頑張って頑張って育てていく。それは多分これからも変わらないよ。
俺はフリーになるまではタマプロにいたんだけど、タマプロのやり方がすごく染み付いているのね。タマプロのいいところは、タツノコのシリーズをコンスタントにやっていた。アニメーター30人弱くらいで月に2本、グロスで原画から動画まで全部やっていた。それを、ある程度のクオリティーでちゃんとこなしていく。それが小さい会社を維持するために必要だった。それと、その方法だと全員そこそこに育つの、どんな人でも。定時はきっちり守る。遅刻は報酬から引かれた。徹夜も駄目。1日原画は5カット、動画は30枚っていうノルマがある。それで、1日でやった原画のカット数とか動画枚数を毎日提出するんだけど、原画マンは4カットしか上がらなかったら、1日の締め切りまでに「止め」(*1)を1枚やって5カットにして出すとかね、それくらいシビアだったんだよね。「えっ、こんなに管理されるの?」っていうくらい。自分は管理されるのが嫌だったんじゃなくて、管理についていけなかったんだよ。ヘッドホンも駄目だった。みんなで同じラジオを聴く。

堀川:へぇー。

後藤:そのやり方だと、スケジュールどおりにビシッとあがるんだよね。制作がいらないの。制作はいるんだけど、6時くらいに帰っている。それがいいとか悪いとかじゃなくて、アニメーターがビシッと上げて、スケジュールどおりに終われば、制作は定時に入って、上がった分をチェックするだけで済む。そう云う会社もあるんですよ。

*1:動きの無い原画・描く原画枚数が少ない

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